今日は春節

 今日は旧暦の1月1日、旧暦で正月を祝う「春節」だ。
莫 邦富さんの写真(春節)
 Facebookを開けると莫 邦富さんの春節のカードがあったのでシェアさせていただきブログにもお借りした。
カードには"祝各位春節快楽”とかかれてある。吾が輩も春節を祝う国々のみなさんに”おめでとうございます”と祝意を申し上げよう。
 きょうの吾が輩午前は司法書士事務所に土地の賃貸契約書を取りに行く。帰宅したところへクラスメートでリンゴ作り仲間のM山君だ。
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新年になって初めて訪ねてくれたので、今年の抱負など話合った。お土産に戴いたのは”きゅうりの粕漬け”、吾が輩がさし上げたのは接ぎ木の穂だ。
 午後は晴れているのだが体調のこともあり、ワイフの姪っ子など2件の米を送った後は読書だ。読んでいた本の文中に「菜根譚」の書評があったことから、にわかに「菜根譚」が懐かしくなり、本棚からとりだした。
 菜根譚
 この図書はずいぶん前に買って読んだまま、だから記憶が定かでない。で、今日はペラペラとページを捲った。
すると、「農夫のしあわせ」が目に留った。
”百姓の老人と話してみると、・・・。鶏をつぶしてドブロクを飲む話には、目をかがやかせて喜ぶが、大宴会のごちそうの話は一向に通じない。どてらや仕事着の話ならば、目を細めて楽しむが、お役人の礼服のことなど知りはしない。こうした人々は、その本性を傷つけられていないから、欲望も至って淡白なものだ。このような人生こそ、最も幸福なのではないだろうか。”と書かれてあって、吾が輩すっかり「田父野叟」の気分になったのであった。今日も夕方は晴れて立山連峰が望める。
今日の雄山
 「田父野叟」の文言は原文にあったもので、吾が輩のような"百姓の老人”のこと、今日は旧暦の正月、ドブロクの思い出に浸りながらブログをしたためたのであーる。
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大晦日の忘年会?

 旧暦は今日が大晦日だ。昔の農人は「月遅れ正月」の到来を心待ちにしていたもので、大晦日はそれなりにご馳走をしたものだ.
 今日は朝から南寄りの風曇り、雨になったのは午後になってからであった。吾が輩午前は知人の土地賃貸のことで司法書士事務所にでかけた。
小林さん
 事務所の司法書士は吾輩が若かりし頃の職場の先輩だったので懐かしい思い出がイッパイある。
 午後は、雨になったことでもあって読書だ。夕方になって、暗雲が広がり雨は本降りになった。
暗雲垂れ込める
今日は、ここからが意義のある日になったのであーる。
北吉
 町内の老舗の料亭で旧暦の”忘年会”だ。気心の合う仲間がよって、昨今の農業・農村問題を中心に一献傾けたのだ
仲良し
 話題はおのずとしれた政府与党の農政転換問題、米の需要減退や富山の米の将来、そして園芸農産物の生産振興であった。終わってみれば”忘年会は名のみ”となったのであった。それでも、あしたは百姓の正月に間違いはない。

あとが怖い

今日は朝から青空が広がり一日中真っ青の空、あまりにも好い天気なので気にかかりだした。
朝は放射冷却で霜が”びっしり”降りた。
 霜びっしり    朝の光
 地表の霜を写真に撮るには”接写”して、と以前谷井先生からお教授いただいたので今日はその通りにした。先日ブログに書いた「水沢あつくて堅し」も写さねばと家の近くに水が張ってある田んぼの氷もデジカメだ。
 吾が輩午前は隣村のF田家の葬儀参列だ。
福田家葬儀
 故人は吾が輩若い頃から何かと声を掛けていただいた方、ご子息も用水組合の組合長を勤めていただくなどお世話になっているので棺の前で合掌、ご冥福を祈ってきたのであった。斎場から外にでると、すばらしい冬晴れ、ならばと吾が輩帰路は遠回りだ。めざすはブルーベリー観光農園だ。
ベr-ベr-ヤミー
案に相違せず見事な眺望が広がるのであった。ついでに丘陵にある我が町の工場団地の幹線道路を通る。
こっちも立山連峰のパノラマが一望できる。吾が輩、中核工業団地線を下りきる地点からの「毛勝三山」に惚れたのであった。
剣と雄山    毛勝三山
今日は立ち位置を変えて立山連峰を愛でてきたのだが、冬といえども、いな冬ならばこその美しさであった
 午後の吾輩はりんごの選定作業だ。例年であれば積雪があって足が冷たくなるのだが、今年はそんな心配はなく、作業ははかどるのであった。
 喜んでいるのは吾が輩だけではない。りんご園の土をねぐらにしている、”もぐら君たち”はトンネル工事を始めた。
もぐら君も
 幹の周りをボコボコと持上げている。獲物はミミズか蝉の幼虫だろうが、お陰で園の土壌改良が出来るので園主は大喜びだ。夕方になって一昨日同様立山連峰はきれいな夕映えになるで有ろう、と吾が輩今日は2回目のブルーベリー園にでかけた。
ゆうがた    夕焼けが綺麗です
 ブルーベリー園からの眺めは思っていたとおりで、綺麗な夕映えであった。西の山の夕焼けも穏やかな一日の終わりであった。
 1月もあと2日、テレビの天気予報ではウェイザーキャスターが1月としては観測史上3番目に酸くない積雪だった、と報じている。春の到来までまだ2ヶ月、年寄りの経験からすれば雪も冬もこのまま済むとは思えない、この後がどうなるのだろうか、またもや”心配性症候群?”が頭を持上げるのである。

少雪傾向はいつまで

1月もあと3日になった。今冬はこれまで少雪、吾が輩の所では最大積雪深は15㌢、”降っては消え降っては・・・”、でなくて積雪の残った日は少なかった。
麦田の緑
例年であれば雪の下になっている大麦、今年は積雪が無いだけでなく雪の降らない日は日照も充分なので、緑色が濃くなったようにさえ思われる。写真に写った吾妻つくりの大きい屋根、そして門屋根の家は歴史のある家だ。
 吾が輩午前はワイフ殿の姪っ子から注文があったコシヒカリの精米にいってきた。帰りは近くを流れる井田川の流れを見てきた。水源である山々に雪があって大寒凍結となるので本流は流量が減っている。
堰の構造
 堰は通常の水位なのだろうか”てんぱ”の部位に石が見える。
水鳥・2
 水は冷たいはずなのに水鳥が群れて遊泳している。
 午後の吾が輩司法書士業務に精通している知人を訪ねてきた。途中で写したのがこの写真だ。
坂の街、入り口
 坂の町、門前町は標高からしても本来なら雪で埋もれかかるのに、今年は平野部同様雪が少なく”ゆっくり”と正月を過ごされたことであろう。吾が輩いつもとは違ったところからカメラを構えた。軒を連ねている屋根が坂になって見えるのであーる。
 吾が輩今夜は用水管理組合の役員会に行ってきた。1月も末になったので決算準備の会合であった。

水沢あつく堅し

大寒の候も、次候になった。七十二候は”水沢あつく堅し”と云って、沢の氷が厚くはりつめる、とされる。今朝は好く晴れたので放射冷却もキツク、沢はともかく、田んぼの氷溜まりはかなり厚い氷がはった。雪のほうも地表を覆うだけは降って、朝のうちは”やっぱり”大寒だわい、と思ったのであった。
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日の出は気象情報では6時57分だが、お天道様が薬師岳の南寄りの位置から顔を出されたのは7時20分過ぎであった。うっすらと雪化粧したりんご園に旭が射してイカスイカスだ。
吾が輩午前中はJAと郵便局に行って金策?だ。
10時毛勝三山と剣
 時間の経過とともにまわりの山山は表情を変えてゆく。立山連峰も、どの時間帯に、どの場所から眺望するかでずいぶんかわる。今日は雲一つ無いので日中は剣と毛勝三山がとても綺麗だ。
12時雪は消えた
 10時近くまであった淡雪は、お昼には消えてしまった。りんご園は地表の緑が甦った(チョット大袈裟)。
愛車更新
 吾が輩午後は更新した軽四の代金を支払い、更新した免許証を受け取るのに所轄の警察署に行ってきた。
 吾輩が自動車免許を取得したのは31歳のとき、だから今年で丸50年、高齢者の免許は3年に短縮されるので、、今回の免許証で13回更新したことになる。自動車の方も初めから終わりまで「中古車」ばかり。思えば貧乏な車持ちであった。夕方になって、またかかりつけの医院へ行った。風邪がなかなか治りきらない。風邪は万病の元と云うので、先生の言うことを聞かねば、だ。
りんご園から残照を写す
 それはそうと、七十二候の「水沢あつく堅し」はどうなったのだろうか。朝こそ厳しい寒さだったが、昼から夕方にかけては大寒とは思えない天候。夕方の景色も格別で、入り日を拝んで平和の尊さに思いを致したのであーる。
牛岳に日は沈む

福如東海 壽比南山

 昨日の誕生日はFacebookのお友達から多くお祝いメッセージを戴いた。その中にアメリカに留学している中国の老朋友からのメッセージがあった。
 タイトルの文字だ。この言葉はかの国で高齢になった人に贈るお祝いの言葉だ。
福如東海
 吾が輩この言葉は先に,別の老朋友からも戴いていたので、書家でもある菩提寺の若様に揮毫してもらったのがこの書だ。今日は、その菩提寺の”お日待ち”のお参りごとだ。11時から読経は始まった。
御日待ち・1
 読経の後は「さぎちょう”だ。住職の読経の続く中、古いお札をを燃すのである。朝からチラリチラリと降っていた雪、この時点では雨に変っていた。
さぎちょう
 菩提寺は今年初めての”お参りごと”例年この日は供えられていた鏡餅で”ぜんざい”が作られ振舞われるのである。
かんぱーい    昼食振る舞い
 今日は近くの檀家の人が中心、みなさん顔見知りなので、和気藹々でご馳走になったのであーる。
 帰宅して休んでいるところに藤瀬さんが訪ねて下さった。お土産に、手作りの「高菜の漬け物」や、桜餅などなどを頂いた。今日はお寺のご馳走や藤瀬さんからの頂き物など、昨日とは違った「口福」の一日であった。

続・馬齢を重ねて

 今日は吾が輩の誕生日、他人様の温かい心遣いだけを日記に書いていると、問題が起きないとも限らない。ワイフ殿や子供達からの贈り物のことも、と続編をしたためる次第。
 今晩は誕生日のささやかな祝い膳だ。
誕生日の祝い膳
 このお膳、さといもご飯に吸い物、そして刺身と水菜サラダ、そしてデザートは水羊羹に苺だ。 さといもご飯は吾が輩の大好物、里芋とワカメとちりめんじゃこが炊き込んである。サラダは水菜に牛蒡と豚肉だ。ワイフ殿と次女の合作。水羊羹は福井に住む長女が今日の日を指定して送ってくれた福井名物の贈り物だ。
 家族が一つ屋根の下に住んでおればもっと豪華な”晩餐会”になったであろうに、そんなことを思いながらみんなに感謝したのであった。

馬齢を重ねて

今日は吾が輩の誕生日だ。馬齢をかさねること81、男性の平均寿命もとっくに越えた。
1月25日は、吾が輩の地方では「天神様」の日。ネットで知りえたところでは「日本最低気温の日」でもある。1902年の1月25日に旭川市でー41度を記録、公式記録としては日本気温最低だそうだ。
1年で一番寒い季節なのに、今日は暖かて4月上旬並みだったのだから(チョット変だぞ)・・・
この気温並みに、吾が輩の誕生日に”こころ温まる”食べ物とカードが届いた。
祝い膳
 食べ物は”お赤飯”だ。吾が輩のブログを愛読してくださるH爪女史、ブログで吾が輩のことを好く存じてくださっているのだ。しかも”お赤飯”を炊くのはお手のもの、昨日のうちに届けてくださったのを、今日お昼に戴いたのであった。
 カードの方は吾が輩の熱烈?なファンの翔太君だ。
翔太君からのカード
 我が家にママさんと一緒に、りんご狩りなど農業体験に幾度も来てくれる小学一年生の男の子だ。今日のカードはハートのところをプッシュするとメロディが流れるのであった。きょうの二人は吾が輩が「忘年交」とタイトルにしている日記の面目を保ってくれるもの、本当に嬉しく思うのであった。
jpg" target="_bla軒下の春
 暖かくて喜んだのは吾が輩だけではない。軒下のフレームに入れてある鉢花たちも風を入れてもらって春の足音を感じたかも、だ。吾が輩きょうの午前はリンゴの剪定作業だ。今年は積雪が無いに等しいのと、暖かい日が多かったので今日までに園の半分は作業を終えた。ありがたいことである。
剣を真ん中に    山ひだ
 午後は詩吟教室に暫く顔をだした後、ワイフ殿の実家に行ってきた。ブルーベリー観光農園の落合さんと土地の賃貸借を交わすために必要な調べ物だ。今日のブルベリー園からの眺望は見ごたえがある。帰路、家の近くまで来て写したのが県境の山並みだ。どっちも山が近くみえる、多分模様が変わる前兆であろう。
 馬齢を重ねて81だが、冬でも野良仕事ができる幸せを噛み締めた一日であった。

3月下旬並みの暖かさ

 今日は朝から快晴、放射冷却であさの空気は澄みきっている。日の出前に外に出た。
1・24、日の出前
 お天道様が昇られるのはまだ薬師岳の南寄りだ。りんご園から薬師岳の方向に向けてシャッターを押した。
午前は朝いちでバッジの先生が訪ねてくださった。先生は町日中友好協会の会長、吾が輩は事務局長なので、会の運営について話あったほか、26年度から始まる農政転換の問題点について意見交換させていただいた。その後は郵便局だ。
先日NHK出版に図書を発注したら4日目の今日もう届いたので、代金を送金した。
昼の連峰
 昼日なかの立山連峰は将に銀嶺だ。午後は”すっかり"暖かくなったのでりんごの剪定だ。今日は3月下旬並みの気温、汗ばむ陽気であった。汗ばむだけではない。この時期の快晴は紫外線が強いので、しっかり頬かむりだ。
3月下なみの暖かさ
 夕方になって銀嶺立山は夕陽に映える。
夕方の薬師岳
快晴の夕方は薬師岳が本当に綺麗だ。今度はリンゴの枝越しにみてシャッターを押した。
体を動かすとおなかが空く。今夕は娘がきて手巻きの寿司を作ってくれた。
寿司の
我が家は殆ど外食はしない主義(いや貧乏かな)だ。今日の汁は粕汁、香の物は北海道の鮭挟み漬けだ。馬齢を重ねても健康であるためには仕事をして、口に合う食事をすること、と吾輩は思いこんでいる。

テレビにあれっれ

今日は朝から、この時間になるのを待った。
あさイチ
 NHKテレビの朝の番組、「あさイチ」だ。なんの因果か吾が輩の息子が出演?すると云うのだ。
 待つこと久しその時間が到来だ。東京の都内を傘をさして歩いているではないか。
傘をさして採用    好い男でしょう
 画面にアップで映されてみると自分で云うもなんだが好い男だ(親ばか)。
本人による再現・2   都内で19か所
今日のあさイチは「北アルプス&寒ぶり&”ズコ女、驚き続々”と富山・高岡氷見が紹介され息子殿は都内の銭湯の壁画に立山連峰を使ってもらうべく営業活動をしていたのである。知らなかったなーである。
画面によると”本人による再現”。とある。とすれば後日また東京に行ったのであろうかご苦労なことだ。
真っ青の空    蕾膨らむ
今日は朝から晴れて日中は空が真っ青、気温もあがって梅の蕾が膨らむ、だけでなく楓の幹に産み付けてある害虫の卵?も動くのではないかと思う暖かさであった。吾が輩午前は用足しで外出したが、午後は体調を考えて本読みをした。
夕焼け
天気予報は明日も上天気だと報じている。それを約束するかのような日の入りであった。

充電はバッテリーだけでない

今日は一日曇りがちで、ときどき小雪、吾が輩はと云うと、しつこい風邪がまた勢いを取り戻したようなので午前は床の中。午後はネットで勉強だ。
 朝はFBに、先日来利賀を特集?されている谷井さんの素敵な写真があったので吾が輩ブログにお借りした。
利賀の自然(谷井進氏)
 この写真、いつもより大きく載せて、利賀の冬を偲ぶことにしよう。
 お昼のご馳走は野菜の天麩羅と中華料理の「西紅柿炒鶏蛋」だ。
ご馳走
 吾が輩、最近FBのお友達がグルメ関連の記載が多いのに疑問を感じているのだが、ご馳走だってシンプルでおいしいのが多く作れることを紹介するのであーる。この天麩羅は蒸かしても美味しい
”パープルスィートロード(さつま芋)”と玉葱の「かき揚げ」中華の方は、トマトと卵を炒めるもので我が家の自慢料理である。
 午後はネットで”ほんにそうだ”と感心した記事が見つかった。ダイヤモンドオンラインに山下一仁先生が寄稿されている「農業立国論」だ。
農業立国論
 今日は吾が輩、昨日の自動車に続いて、体を休めて頭に充電?をしたのであった。

ブレィカーとバッテリー

 朝のニュースで今日は雪、80%との予報だ。
合掌作りの村
テレビの画面は合掌造りの村、さすがにここは雪が多い。今でこそ合掌造りは「世界遺産」に登録される稀少な屋根になったが、吾が輩だって、合掌作りの屋根の下で生まれ、19歳まで生活していたので思い出がイッパイある。
 今日の80%予報は好いほうに外れて、雪は断続的にふっただけ。
 今日の重要記事は電気料だ。今朝検針があって、検査員の方がおいていった昨日までの1ケ月の電気料は先月の倍額になっていてビックリだ。年末年始を挟んでいるのと、暖房器具がフル稼働?したので、多く電気を消費しただろうが、よもや倍額とは思わなかっただけに考えさせられる。ブレーカーは一定金額をこすと警報音でも鳴るのがないもんか、と考えるのであった。吾が輩午前は25年度から始まる農政改革について、メディアやマスコミの報道の有り方についてかんがえるところがあり、FBに書き込んだ。外出しようとしたら、自動車のエンジンがかからない、どうもバッテリーがあがっているみたい、早速電話でヘルプだ。
 午後になって富山紅茶の会の下田女史がアップルティを持ってきてくださった。 
アップルティー売ります
 富山紅茶の会は以前から県下のりんご産地の王林をお使いになって「アップルティ」を作り県下の産直店や土産物店で販売されていたのだが、去年はご縁があって吾が輩が作った王林も仲間入り、そのことが先日の北日本新聞の記事になり、吾が輩のりんごフアンから、是非買いたいと希望が寄せられたので、もってきてもらったのである。
 下田女史が帰るか帰らないで、バッテリーの点検にT稲自工の社長がきてくださった。
 どうも昨夜はスモールランプを点けっぱなしだったらしい。
バッテリーをチャアージするために、少し走行してきたら、と云うことで、吾が輩落合さんの観光ブルーベリー園まで車を走らせた。 
ブルーベリーの列
 ブルーベリー園は意外と雪が少ない。しかも一鉢一鉢丁寧にビニールの帽子?が掛けてあるので枝折れなどの被害はなさそうだ。
 綺麗に整列したブルーベリーの鉢は鉢の黒色が出ていて、絵になっているのであった。

大寒の候

今日は(今日から)大寒、暦便覧には「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と書かれている。今朝は暦どおり「冷ゆることの至りて」であった。
 大寒の朝
路面に残っている雪ががバリバリに凍結している。転ばないように気をつけて外に出て写したのがこの写真。空気が凛としている。立山連峰、雄山は顔を隠しているが、剣は険しい山容がはっきり見える。
今日の午前はブルーベリ観光農園・ベリーベリーヤミーの落合さんが訪ねてきて今年の意気込みを承った。
午後は陽が射して大寒も”だいなし”の気温になった。外では、この寒の内でも開く"枇杷”の花があった。
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 午後は吾が輩と”おないどし”で、地域のために頑張っている女傑(おっと失礼)のYさんが見えて、農業・農村問題について語り合った。彼女が帰った後はかかりつけの医院へ行ってきた。風邪は万病の元、どうも未だ治りきっていないので・・・
 吾が輩冬のあいだはグログを”したためる”時間帯がチョット早い。しかも時間が取れるので、悪い癖がでる。今日も今日とて、二十四節気七十二候のことを調べてみていると、大寒の候の初候は「款冬華(ふきのはなさく)」と知った。それにしても蕗の華、とは、と漢字源をひくと「款冬(かんとう)」は”ふきのこと”と分かって、さても難しきは漢字と勉強をさせられたのであった。
 吾が輩、節気の変る日はメールの定期便を交換する友人が居る。隣村の出身で高校時代の無二の友達、東京に住んでいるのでお互いに近況を写真を添付して知らせることにしている。今日は彼のほうが先手、東京は東京でも高尾に住んでいるのだが、今日はとても寒い、とメールが届いたのであった。
こんな寒い日は温かくて栄養の有る食事に限る。我が家の今日の夕餉は「ビ-フカレー」、”おーわ”が来て作ったお惣菜が旨そうだ。
ビーフカレー



長靴の丈

 今朝は除雪車の音で目が覚めた。”うす暗やみ”の外を見ると夜来の雪がかなり積もっている。夜があけて積雪深を測ると"長靴の丈”つまり30㌢余の積雪であった。
 雪は一日断続的に降った。朝起きてFBを開けるとIさんが”ながたん”の山菜漬け物を紹介されている。見事な山菜漬けだったので、ブログに借用した。
ながたんの漬物
 朝一で農地・水保全会のY田代表が見えて行政からの連絡事項について話合った。勝手口から隣家の大木「榎」をみると枯れ枝が着雪して、♪ かーれ木残らず 花が咲くー ♪だ。
残らず花が咲く
この大木我らが集落のシンボルツリー、いつも題材になるのでありがたい。
吾が輩、今日は、先日の「古都で旧交を温める」を同人誌に寄稿しようかなー、と文筆活動?だ。
午後遅くにになって晴れ間が出て”いっとき”陽が射したので、1週間前を思い出して散歩した。
鎮守の森
 経路の近くに「鎮守の森」があるので写真に収めてた。気温が上がらなかったので森の神木は着雪のままだ。反対の方角から我が家が遠望できる。
我が家を望遠
 家の前のりんごも枝に雪が積もったままだ。吾が輩、田舎は、春夏秋冬”さま”になるよ、と云いたいのであーる。

Facebookの友

吾輩がFacebookに参加して間もなく1年になる。その間、リクエストを頂いたり,さし上げたりしてお友達になって貰った方は今日現在で97名を数える。こんなチョウ高齢の友達を励ましていただいて感謝に耐えないのである。
 その友達の一人で「高台のお宿」の大将から昨日、日暮れてから電話があり、オータムポェームが欲しいと云うので、今朝は早めに起きて畑に出た。
今朝は好く晴れて放射冷却、霜が降りてパリパリ、凍み野菜が出来上がっている。これは面白い、寒甘になっていること間違いなしだ。
 朝の畑 凍み野菜
 吾が輩、この凍み野菜を大将のもとに届けた。いずれどんな味になったか聞くのが楽しみだ。高台からは朝日を浴びた富山平野が一望できる。
冨山平野に光射す 合掌造り
 高台のお宿、そして「和食処・合掌」は合掌した屋根に雪は無く、朝日に輝いているのであった。
きょうはFacebookの友の中で、写真&健筆を”こまめ”に更新されるT井さんが訪ねてくださる約束だった。
待つこと暫し、約束どおりに訪ねて下さったのでお仕事のことやら、写真のことやらを"昼前じゅう”話し合ったのである。
品のある顔・谷井さん
 午後は、吾が輩詩吟の会だ。総本部の初吟会は前の日曜日に岸和田で済ませてきたのだが、教室は今日が初吟だ。今日は松口月城先生作の「松竹梅」だ。♪ 寿福愈開松竹梅 君家今日是蓬莱 亀遊鶴舞人還酔 無限歓懐在玉杯 ♪
コンポート
 休憩になったところで、指導の先生手作りのコンポートだ。このコンポートは吾が輩のリンゴをお使いいただいた、とあって感謝感謝、味は格別であった。
 今日はFacebookの友を始めとして”人情の何たるか”を確かめた一日であった。

雪の下になった野菜

夜来の雪は午前中いっぱい、午後には止み間があり夕方近くには陽もさした。
 吾が輩きょう午前は歯科医院へ定期健診。昨年末から、少し歯茎に違和感があるので調べてもらった。すると、カビ菌の所為と判った。そのカビ菌の名は,なんと「カンジダアルビカンス」だった。吾が輩が”漢字”に拘るからでしょうかね、と云うと、そんな”感じ”ですね、と、綺麗な女医の先生、愉快な会話であった。
 帰路はいつもの通り門前町の写真、きょうは門前の基になる名刹「聞名寺」の冬景色だ。
聞名寺冬景色
 市の総合行政センターにも寄り道して農地・水保全会の用事を済ませて、午前の部は終了。午後は自動車を更新するに必要な「戸籍抄本」を取りに地区センターへ、帰路バッジの先生の事務所に立ち寄った。
帰宅した頃、雲間から光がこぼれていたので畑に行った。
ウインター?ポエム   オータムポエム
 オータムポエーム、昨日は一旦雪が消えていてウネまで見えたのだが、今日はまた雪を被って伸びた茎と花が雪の上に出ている。こうなると「オータム」ではなくて「ウインター」だ。
オータムポェームの花
 雪の下になった野菜は澱粉が糖化して甘くなる、なので「寒甘野菜」これを放っておく手はない、と吾が輩摘み採った。真っ白い雪の上に置くとポエム心が疼くのであった。
前菜
美味いものには目が無い吾が輩、早速夕餉の膳に作ってもらったのがこの写真、本当に寒甘ポエームであったのだ。

小正月の頃、日脚も延びる

暦は昨日が1月15日だったが、今日は望月(月齢は14・7)だ。昨日が小正月だったので我が家は朝は”小豆雑煮”であった。今朝ワイフ殿は今日はどうする、と云うので”小豆”が大好物の吾が輩、きょうも”小豆雑煮”としようや、と2日続きで「口福」を味わったのである。
小正月
 小正月の由来には、いろいろ説があることだろうが、吾が輩は道教の「上元・中元・下元」の上元に当る日が1月15日なので、大昔の人は上元のお祝いをしたのでは、と珍説を立てるのである(中国では今でも旧暦の1月15日には甘いものを作って食べる風習が生きている)。
 吾が輩今日の午前は、米を精白、税務署は青色申告の源泉徴収納付書の提出をした後、棒になった足を元に戻す?為に接骨院に行って施術をしてもらった。
生り粕摘除
 午後は天候が好く暖かであったので、りんごの剪定だ。今日は”生り粕”も見残すことなく摘徐だ。生り粕と云うのは去年摘果した跡にできる云わば粕、これをそのままにしておくと”葉芽”が出ないので摘徐するのであーる。
オータムポエム
夕方になって、雪もほとんど消えかかった畑にいった。するとオータムポェームが"けなげ”にも花を咲かせたまま、シャンと立っている。ありがとうよ、と吾が輩摘んできた。
菜の花?
 寒さに強い品種とは知っていたが一旦雪の下になったのに花弁が痛んでいないのに驚いたのであった。
小正月の日没
 今日は夕焼けが綺麗だ。気象情報によれば「日の入り」は17時だが、山の端にお天道様が沈んだのは手元の時計で16時38分であった。さすがに小正月の頃、日脚がかなり延びたのであった。

十五夜お月さん

今日の暦、新暦も旧暦も1月15日、そのうえお月様も”まあーるい”。旧暦が用いられていた頃は十五夜お月さんが常識だったが、今の暦では十五夜お月さんと云ってもピンとこない子供、いな親も多いことだろう。
 そこで今日のように重なるのは稀なこと、残念だったのは”まあーるい”は丸いが月齢が13・7と十四夜だったことである。で、吾が輩月の出を待って写真をとるのだが8時過ぎまで待ってようやく雲の間からお月さんが顔を出したのであった。
月齢13・7
 今朝は新聞に目を通してチョット吃驚だ。吾が輩のリンゴ王林で作られた「アップルティ」の記事が載っている。早速写真に撮ってFacebookに”早刷り号外!”を発行?した次第。
新聞記事   王林記事
 今度は吾が輩のブログだ。なんと今日のランキングは「ゆとり世代9867中111位と百番内に入らんばかり、こっちもビックリもんであった。
ブログ・ランキング
 今日は晴天、風も殆ど無くて暖か、吾が輩精力的にりんごの剪定作業だ。午後には折角広井君が手伝いしましょう、と来てくれたのに、市農業委員のNさんが見えたので、作業を止めて日暮れまで四方山話に花を咲かせてのであった。
 夜になって、ネットで新聞のコラム欄に目を通す。今日は”天声人語”で、唐詩選にある有名な「述懐」が引用されていて勉強になったので、書置きしておくとしよう。
 ”筆を投じて戎軒(じゅうけん)を事とす” ”功名誰か復(また)論ぜんや”

足が棒になっている

きょうも朝は冷え込んだ。一昨日・昨日とオーバー気味に動いてきたので些か疲れがあり、今朝は起床を遅くした。
なにしろ2日間で”ん万歩”歩いただけでなく、駅構内階段の上り下りも相当なもの。吾が輩年末年始体歩くことが少なかっただけに”足が棒”になっている。
 足が棒になるほど歩いた「京都一人旅歩き」、昨日の画像だけでは心苦しいので、今日はパート・2の意味合いから、もう少しブログに載せておくとしよう。
 先ずは早朝清水の舞台から眺望した京の町、、周囲に山があって”盆地”であることが好くわかる。
京都盆地
次は"朱色”だ。清水寺の鐘楼は朝日に照らされて”朱色”が際立つのであった。
清水寺の鐘楼
 三重の搭をどの角度で写そうか、と考えた挙句のアングルやはり甍を連ねて写すことにしたのである。
清水で我
 参道の両側には土産物店が軒を連ねている。このお店は店先に「黄梅」が活けてあるのと、軒下の提灯がとても魅力があって思わずシャッターを押したのである。
清水寺参道の土産店
平安神宮は元日のような人出はないが、成人の日だけに晴れ着をきた人を多くみかける。初詣の人々がひいたであろう”おみくじ”が結んであった。
平安神宮
神宮のお庭は全く閑散としている。お池では鴛鴦の鴨が睦まじく遊泳している。
平安神宮の池
 京都は〇〇条上がる、下がると地名がつけられているだけに条のごとくに道路が走っている。河原町の商店街と雖も通りが真っ直ぐに伸びているのであった。
繁華街
 これだけ載せておけば”年寄り京の都一人歩きが分かるであろう。
さて、14日のきょうは、昨日の反動で吾が輩一日ゆっくりくつろいだ。が午後は乗用車の車検のこともあって旧市内に住む妹を訪ねてきた。彼女の家は玄関先にポストが置いてある。きょうは京土産を持ってたずねたのであった。
ポストのある家

爺が京の都を一人歩き

 昨夜は京都で懐石料理で舌鼓を打った吾が輩、今朝は早めに起きて行動開始。
ホテルのレストランは10F、眺望絶佳、東山36峰に日が昇った。
36峰に日が昇る
 ホテルに荷物を預けて京都見物。先ずは近くの清水寺へ。
泊まったホテル
 清水寺は多分60年ぶりの参詣だ。
清水の舞台
 傘寿を越えて生きてきた身は過去に幾度も「清水の舞台」から飛び降りる思いをしたなーだ。
清水の山門(朝早く)
 朝早くきたのでまだ観光客は少なくスイスイと参観できた。搭堂に朝日が射してとても綺麗だ
八坂者神社
 八坂神社はタクシーの中から写し、参拝は見送り
成人の日
今日は成人の日で、平安神宮は晴れ着の女性の記念撮影が多い。
加茂川の流れ
 四条大橋は昨夜通ったのだが昼の賑わいも見ておかねば、加茂川の流れはとても綺麗、水鳥が泳いでいる。
街角で
 四条の大通りに面した老舗の店先に活けられていた生花は流石に京都と思わせるに充分であった。
吾が輩その後四条ブラ地下鉄に乗って、京都駅は、駅ビルも好奇心宜しく見て廻って帰宅の途についた。久しぶりに大都会の空気を吸ってきたのだが、さすがに歩いた歩数が大きかったので、かなり疲れたようだ。でも朝早くから行動したので日暮れまでには富山に帰ったのである。

西山に日が沈む

初吟会で大阪へ

 今日は我らが流派の「初吟会」だ。吾が輩今年になって初めての6時台起床で旅支度を整えた。最寄のJR駅を7時過ぎに岸和田に向う。
 今夜はブログは書けないので朝の中に予定稿?を、と云うわけで、この時期に相応しい漢詩を紹介しよう、勿論その為に写した画像も(1月11日写す)。
  寒梅アップ
  新島 襄 先生作「寒梅」
          庭上一寒梅 笑侵風雪開 
          不争又不力 自占百花魁
    庭上の一寒梅  笑って風雪を侵して開く  争わず又力(つと)めず  自ずから百花の魁を占む
 今日はどの詩を吟ずることになるのか、楽しみだ。行ってくるちゃね
(13日追記)
 家を出たのが7時
車中から足羽川
 大阪に向う途中、電車が福井を出たところで足羽川、少々雪がある。
琵琶湖に光射す
 湖西線で電車は琵琶湖に沿って走る。大阪駅到着は11時半過ぎ、阪和線で東岸和田へ。
大きい声で
 宗家会長の指導吟は「朝日影」だ。参加者全員起立して初吟詠だ。会場を出たのが16時過ぎ、天皇寺駅で「特急はるか」で京都へ。
劉さんと乾杯
 四条の加茂川べりの店で、待っていてくださったS大学のL教授と”京料理懐石”で会食・怪談?。
四条通り
 四条の繁華街は夜9時を過ぎているのに大賑わい。ホテルに着いたのは21時半過ぎであった。
 

しつこい風邪

吾が輩暮れ以来風邪気味で夕方になると微熱、大したことはないだろう、と薬店で買った薬を飲み続けたが10日以上経ってもスッキリしない。
 明日明後日と大都会の空気を吸いに行く予定なので、用心の意味もあって、今日はかかりつけの医院に行ってきた。
 外は雪があがって寒気は”いっぷく”の様子だ。家の横の田んぼはS本君が直播きの予定で代掻きがしてあったので水が抜けきらない。その田んぼ今日は水が温んだかの如き景色だ。
水ぬるむ?
かかりつけの医院のドクター先生は吾輩が敬愛して止まない名医、今日はご機嫌もよく、病を”そっちのけ”で四方山話もできたので、これでこそ風邪は治るであろう。
やはり医院
 午後は全国高校サッカーの観戦だ。 
PK戦
 国立は快晴のようだ。我らが富山代表の富山第一高校、準決勝進出は初めだったのだが、見事相手の四日市工業高校をPK戦で退けて決勝戦に進出したのであった。吾が輩テレビの画像を使ってFBに号外を出した?のである。
除雪車
午後も半ばになって除雪車が車巾を確保するための作業に出動?してくださった。路肩に堆雪しただけでは雪道運転に困難を伴うのでありがたきかな、だ。
牛岳は雪か
 夕方は雲の切れ目から、しばらく光が射したが、ほんの一時で、高い山は峰が雪になっているようだ。吾が輩、明日は大阪まで出かけるので雪よ止んでいておくれと願うのであった。

雪晴れ

 小寒も今日で5日目、いよいよ寒さが身に染み入るようになってきた。でもきょうのところは思ったほどの積雪ではなくて朝は綺麗な雪晴れであった
 IMG_0515雪ばれの日の出  朝日が雲の峰に昇るのを待ちかねてシャッターを押した。ダイヤモンドダストに似た現象が写せた
除雪の跡
 今朝は今冬2度目の除雪車が出動だ。りんご園は枝の着雪が少なく、地表は光が反射して綺麗きれい。
吾が輩午前は自動車の免許更新手続きだ。
中央自校
 自動車学校によって顔写真を写す。もう生徒さんがきて運転の練習だ。
警察署
所轄の警察署は県下でも最も級の新屋,威風堂々?だ。
田んぼと山と
 帰路電気量販店でインクと用紙を購入、途中で何時もと違うアングルの牛岳を写す。
 午後は昨日の続きで書類を認める。夕方吾輩が敬愛するバッジの先生が見えたので、最近の”右傾化”のことなどを話し合った。
 日がくれてからは、また雪が降ってきたようだ。今日はワイフ殿の誕生日、”ひねtori"

寒気団覆う

寒の入り以来穏やかだった天候も、いよいよ本格的な寒気団の”ご到来”、今日は朝からの雪が時間の経過とともに本降りになってきた。
 吾輩が用いているカレンダーは幾つかあるが玄関に掛けてあるのは富山和子先生の監修になる「米カレンダー」、英語の記事もあって、今や国際的に知られるカレンダー。日本の原風景が月捲りで紹介されている。
 新年の暦も明日で10日になるのだから、雪が降るのは当たり前だ。
米カレンダー
 当たり前の雪が降る今日は、吾が輩パソコンに向って集落の平成24年度農地・水保全会の活動記録を整理・編集だ。
9日の執務
 最近、役所に提出する書類は、すべてパソコン処理が要求されるのだが、吾が輩のような小さな集落では、日中家に居るのは高齢者ばかり、勤めを持っている人が頑張ってくれないと地域の問題が前に進まないので悩ましい問題である。
 事務を処理する貧乏クジを引くのは好いとして、これ以上高齢になると、農村社会はどうなるのだろうか、と、またまた吾が輩の「心配性症候群」が痛むにであった。
井田川の歴史
 吾が輩の集落は1914年8月13日未明に近くを流れる井田川の洪水で堤防が決壊して田んぼの大半が河原になったのだが、今年で丸100年経過したことになる。一世紀の間集落はどう変ったか、大変な変わりようだ。
 今日は当時の資料が無いかも調べながら、今年の「農地・水保全活動」の計画を練るのであった。
 日が暮れて雪は”しんしん”と降っている。今度こそはかなりの積雪をみるものと思う。

故郷の山に住む人を思う

今日は夜明けから雨模様、終日小雨が断続的に降った。が気温は昨日に比べて高く比較的凌ぎ易い一日であった。
県下の小学校は大半が今日3学期の始業式だった、とテレビは伝えていて2014年は略全開?だ。
吾が輩、きょうは地区の総合行政センターに行って集落の「農地・水保全会」の活動報告のツメカミを行ってきた。
センターの建物は吾輩が現役の時代の職場だ。で近くの景勝?の地に立って、過ぎし日を思い返してみたのであった。
差と山の雪消える
 建物が在る場所は高台、ここから飛越国境の山並みをみると、この時期一旦降った里山の雪がかなり消えている。
十三石橋
高台の直ぐ下は井田川の合流点、坂の街の入り口になる「十三石橋」が架っている。橋の名前の「十三石」は米の収量のことで、昔の"尺貫法”であることは云うまでもない。
門前町の正月
 上流側にカメラをむけると、吾が輩が時々「坂の街・門前町」と題して載せるポイントだ。河川敷には無論雪は無く、水が”滔々”と流れている。
帰宅してFBに目を通すと、「ながたん農援隊」で活動がめざましい、Iさんが現在の積雪の状況がよく判る写真を載せておいでたので、コメントをしたのである。
ながたん温泉
 この写真を吾が輩今日は借用だ。正月ここまで暖冬?小雪できたのだが、さすがは”飛越国境”の地域、雪はしっかり積もっている。
 吾が輩午後はパソコンに向って仕事をしたほか、体調を整えるに役立たせるべく接骨院にいって施術初め?をしていただいた。
 きょうのブログのタイトルは「故郷の山に住む人を思う」として、吾が輩、現役時代の人たちのことを思い起こしたのであーる。

山と水

今朝は放射冷却も手伝って今冬一番の冷え込み、氷点下2・5度で、りん園は一面”まっしろ”に霜が降りた。
今朝も霜で真っ白
 土が凍みて土壌をが物理的に変化し、作物に良い影響がでるのを「凍土効果」と云うのだが、雪が無い年の冬はそれが多くあって嬉しいのである。
 今日は終日「春」といってもよい好天、山も川も綺麗で将に「山紫水明」であった。
毛勝三山
 今日の山は「毛勝三山」、
明鏡止水
 そして水は1級河川神通川、支線井田川の高善寺の堰だ。吾が輩きょうは又従兄弟のKさんのりんご園に出張剪定だ。
保育所に隣接
 彼のりんご園は保育所の南に隣接していて、1年を通して子供達がりんごが育つのを見てくれるので、みんなが喜んでくれるように、花を咲かせ、真っ赤な実がつくように心がけねばならないのだ。
kさんのりんごの剪定を終えた吾が輩、帰路は叔父貴の家によって新年のご挨拶、其の後は直ぐ前のT旅行社に寄って12日に京都・大阪と出かけるので、キップと宿の手配をした。京都では老朋友と久しぶりに会食・怪談?をする予定なので大雪にならないよう祈るとしよう。
帰路は廻り道をして、もう一度、水と山を写すことにした。
校舎が見える風景
 水の方は昨年9月に橋脚が傾いて損壊した高善寺橋とその下を流れる水を写した。きょうは校舎の見える風景だ。
我が家の後姿
山のほうは我が家の後姿を入れて、立山を写した。ちょうどお昼だったので好いアングルで撮れたのであった。
 午後の吾が輩、こんな温かい日は精を出さねばと日暮れまでリンゴの剪定作業をした。
 最後にもう一度、こんどは夕方の「薬師岳」を写して、今日も”故郷の山はありがたきかな”としよう。
午後の薬師岳

勉強初め・そして喪中

今日の午前新年になって初めての客人だ。吾が輩の又従兄弟でりんご園の良き理解者、そして応援団長であるKさんが訪ねてくれた。
初めての客
彼は住まいに隣接する畑でりんごを3樹植えていて熱心に手入れしているので、”今年もよろしく”と云うわけだ。
 外は曇りがち、Kさんも帰ったので昨日に続いて仕事をしようと思えばできるのだが、イマイチ体調が整わないうえに、チョット困った問題もおきたので吾輩は静養?だ。
 午後になって月1回の孔子学「論語講座」だ。年が明けて初めてなので、県日中友好協会事務局にも顔をだして挨拶をしてきた。きょうの論語講座はとても教えられることが多く、勉強初めの吾が輩チョット困った問題にも大いにやくだったのであった。事務局では第31回全国中国語スピーチコンテスト富山県大会の一般部門で入賞したTさんが作った小冊子が目についたのでお借りしてきた。
講書?初め   美麗の櫛
 今年の正月は亡母の喪中、今日の講座の中に孔子が弟子の宰我と、喪のことについての問答があって、吾が輩”ハット”したのである。
 {子の曰わく、予の不仁なるや。子生れて三年、然る後に父母の懐を免る。夫れ三年の喪は天下の通喪(つうそう)なり、予や、其の父母に三年の愛あらんか。}。
 もう一つある。これは原文で書いておこう。”子曰、年四十而見惡焉、其終也己”
有沢橋からの眺め   夕映えの剣
 講座が終わったのは午後の4時過ぎ、旧市内から見る立山連峰は、何時も吾輩が眺める山容とは異なって綺麗な夕映え、写真に収めてきたのであーる。

二十四節気は小寒

今日5日は小寒、寒の入りだ。暦便覧には「冬至より一陽起る故に 陰気に逆らう故 益々冷える也」と書かれているだけに今朝は”ますます”冷えた。
 畑も果樹園も放射冷却で”真っ白”に霜が下りた。今日は画像を大きくして一日を振り返る。
りんご園一面の霜
キャベツは寒じめ
吾が輩、今日は朝一で理髪店に行った。一番乗り?だったので10時に帰宅、男前のあがった?ところで仕事始めだ。
剪定始め
午後は全国高校サッカー観戦だ。
IMG_0445.jpg
 冨山県民が挙げて応援したこともあって冨山第一高校は宮崎の日章学園に4-0で勝って4強入りしたのであった。
 勝利の瞬間、応援団席は割れ返ったのである(KNBテレビ画面より)。
気分を好くした吾が輩、日没近くまで剪定作業だ。
/20140105172118b24.jpg" target="_blank">雁の列
 冬至より一陽起きたたけでなく、日脚も延びて午後の5時をまわってもまだ明るい。”ねぐら”に帰るのであろう雁のむれが列になって飛んでいったのであった。

碧羅松頭に懸かる

体を動かさないでご馳走を食べている日が続くと”ものぐさ”になる。その上元日来少々風邪気味、やはり気の緩みだろうか。
 吾が輩はワイフともども昨年の師走入り以来、お袋が使っていた寝室に”引越した?”のだがこの、部屋の入り口に掛けられた色紙には「碧羅懸松頭而延千尋」と書かれている。
玄関のコーナー
 何時もは何気なく見ているのだが今日はこの色紙を読み解こうと思った。ネットで調べると、日蓮聖人の「立正安国論」の一節と知って驚いたのであった。「蒼蠅驥尾に附して万里を渡り碧羅松頭に懸かりて千尋を延ぶ」が全文だが、その意味は”わずかしか飛べない青ハエも駿馬の尾につかまって万里を渡ることができ、蔦は大きな松の木にかかって千尋に伸びることができる”と判ると、教えのありがたさに頭が下がるのであった。
 今日は集落の新年会、息子が出てくれたので吾輩は読書三昧、息抜きにネットで今年の干支「甲午」のことも調べてみると、「何があってもエキサイティングイヤー」だ、とも書かれている。そしてまた「今年はどっしりとした木をイメージして、周囲に流されず真っ直ぐな気持ちで30年後を見据えて目標・・・」と書かれた記事もあって一年の計に思いを致したのであった。で、写したのが吾が輩の集落のシンボルツリーだ。
降らず終い
この木は樹齢が百数拾年に達し、それこそ”どっしり”と根を張って人々に安らぎを与えてくれている。吾が輩も馬齢を重ねるだけでなく、少しでも一族郎党の役にたつ年にしよう、と誓ったのであった。
 今日も終日曇り時々雨、一番遅くまで居た孫娘も帰って普段の暮らしになった。明日は天候が回復するようなので、仕事始めとするかな。

喪中の正月

今年の正月は亡母の喪中、訪ねてくださる方もなく静かな3ケ日であった。が、今日は亡父の祥月命日なので、10時過ぎには菩提寺の住職がみえて読経、吾が輩も唱和して冥福を祈ったのであった。
 その後は住職から勧められた書物に目を通した。図書の題名は内村鑑三著、鈴木範久訳の「代表的日本人」、なんと、日本人が英語で日本の文化・思想を西欧社会に紹介した代表的な著作と知って感心したのであった。
 今日は新年になって3ケ目で始めての朝からの晴天、吾が輩今日の画像は、冨山に住む喜びを「山」で纏めることとしよう。
 朝から順に、まずは日の出の時刻は「薬師岳」だ。この時期お天道様は薬師の南から昇られる。
薬師岳
 まなこを南に転じて、飛越国境の山並みだ。
飛越
 西に眼を転ずれば「牛岳」、朝焼けが美しい
牛岳
 今日の日中は立山連峰の主峰「雄山」だ。銀嶺雄山は冨山の象徴だ。
日中の立山
 陽が西に傾きかかる頃、今度は「剣」が峻厳な山容を見せている。
剣山
 夕方には夕焼けを写そうと思ったが模様変わり、どの方角も雲が垂れてきて、思いは叶わなかった。がなんと高校サッカーは3回戦にすすんだ富山第一高校が強豪市立浦和を破ってベスト8入りした「朗報」だ。
 かくして、喪中の正月3ケ日は穏やかに暮れたのであーる。
プロフィール

Author:masaji
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