大晦日、記録なって年を越す

 激動・激震の2011年、大晦日は穏やかに晴れて、”もろびと”たちは束の間の”安寧”に感謝したのであろうか。
 吾が輩、きょうは執務室の片付けから始めた。この1年多くの人との出会いがあり、この部屋で何を語り、何を聞かされたか、その一部始終とまではゆかないが、ブログに掲載してきた。わけても365日一日も欠かさず画像を掲載して、遂に念願?を達成したのであった。
 執務室
 大晦日の吾が輩の役目は、神棚、仏間、床の間、番神様の煤払い?をしたうえで、お鏡や、お飾りを供えるなど新年を迎えるための必須条件?を整えることだ。
 日本のほとんどの家庭が飾るであろう、玄関の注連縄やお飾りも勿論吾が輩の役目、と云うわけで結構忙しい。
夕方になってようやく責めが果たせたのであった。
 神棚

床の間
(下の写真は番神様の棚、法華宗だけかも)
番神さま
 全部を終えて、外にでると日没が迫っている、綺麗な夕映えだ。
 雪原?に日沈む
 吾が輩、この一年お陰さまで健康にめぐまれ無事に年が越せることに感謝して、お天道様に向って、手を合わせたのであった。博客の皆様も良い年を迎えられますように念じて、2011年の筆を擱く。
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読んで字の如く

その1、冬晴れ。
きょうは、お昼近くまで小雪がチラついたが、その後は晴れ間が広がり「冬晴れ」になった。
   二階の窓から
 写真は我が家の2階から、冬ばれを写したのだが、雪は”もろもろ”の不浄を隠して綺麗な景観が広がるのであった。
その2、晴がましい顔。
 恐らく今年最後の客人だろう、午後になってリンゴ仲間のS水さんが訪ねてくださった。仲間のうちの最年長、明ければ八十ん歳、でも矍鑠(かくしゃく)とした体ごなし、りんごだけでなく山菜採りの名人でもあって、今年の戦果?を話す顔は”満面の笑み”であった。
名人、満面の笑み
 その3、読んで字の如し
 晴れ間が出たので、新春2日の「地場もん屋」初売りに出す野菜を雪の下から掘り出した。初売りに生産者の一人として品物をだすのは吾が輩始めて。とすれば張り切らざるを得ない。キャベツ、大根、ブロッコリー、と出すつもりだが、主力はキャベツだ。
 このキャベツ、前にも書いたが名前は「冬王」だ。雪の下になったので澱粉質が糖化して旨いこと間違いなしだ。
 読んで字の如く冬王
 この1年、吾が輩毎日欠かさず画像を掲載してきた。ネタ切れになるのを心配していたが、今日もお陰で客人があり、お天道様が幸いして下さった。あともう1日だ。記録が達成?できるよう頑張ろうっと。

国際スピード郵便

 吾が輩のような年寄りでも、遣りようによれば、グローバルとネットの時代は楽しい。
 と書くのは昨日・今日のことだ。昨日の午後、日本の米カレンダー制作・販売元から”カレンダーを買うのを忘れていませんか”と電話が入った。吾が輩、数年来「富山和子がつくる 日本の米カレンダー」を愛用しているのだが、確かに今年は忘れていた。即座にお願いしますと返事をしたら、今朝早く宅急便で、東京から届いたのでR。
 日本の米カレンダー

 この暦、日本の農村風景(原風景でもある)が写真に使われているし、英語の記事もあることから世界的に知られている、と、聞いていて吾が輩も中国の友人にプレゼントしている。で、昨夜北京の親しい朋友?Kさんあてに住所確認のメールを打っておいたら、これまた昨日の真夜中に返信が届いていたのだ。
 と、云うわけで、今朝は小包にして郵便局から「国際スピード便」で発送した。この「国際スピード便・EMS」はスピードが早い。北京であれば4日目に届け先に届くのだ。だけでなく、ネットで追跡サービスがあるなど、サービス満点でもある。
 吾が輩ここまでやるもんだから北京の朋友はメールで「祝ニィ永遠年軽!」と書いてくれるのであった(謝謝)。
 今日は午前は空が持った。吾が輩外周りの片付けをしたり、金木犀の雪囲いをしたりなど、忘れていた作業をこなした。
 午後になって今度は吾が輩宛に小包が届いた。先日首都圏にお住いの”大切な人”に「かぶら寿司」のお歳暮を贈ったところ、お礼のメールがあって、29日に「さつまあげ」を送る、とあったのだがメールどおり鹿児島から「さつまあげ」が届いたのであった。さっそくメールで、”あたたかい”お心遣いに御礼を申し上げたのであった。
 年の瀬も迫ってきた。今日からは年末年始の休みになったところが多い。でも、グローバルな時代は休めない人も増えているだろうなー、と吾が輩の頭は休むことはないのであーる。

一陽来復

牛岳雪晴れ
 冬至から数えて、今日で1週間だ。朝から良く晴れて将に”一陽来復”お天道様は一日中照ってくださった。 
 今朝は「地場もん屋」に出すキャベツの数合わせをするため”ツルツル”に凍結した道を歩いて畑に行った。キャベツは外葉が凍みていて、今朝の気温の下がりようを教えてくれる。
 8時過ぎに車を走らせて集荷所に行く。冬の陽は、この時間では未だそんなに高くないので、牛岳は山肌の陰影が素敵に写るのであった。
 クリスマス寒波で降った雪は収まったのだが、吾が輩の果樹園は、早くも「雪害」を受けた。家の前の桃の幹が裂けている。植わっている場所が場所なので、吾が輩、新品の”大枝用鋸の使い始めとばかり切断をした。
 桃の雪折れ
 そうこうしているうちにお昼だ。きょうは「さわい農園」の御用納め。スタッフと食事を共にして一年を振り返ることとして、イタリヤ料理の「エルバッチャ」に行った。
「エルバッチャ」は今年一年吾が輩の果物をいろいろ買ってくださったので、御礼を申し上げ、来年もまた宜しくとお願いをしてきたのである。
 午後になって”農を楽しむ元気トリオ”のF瀬さんが「陰暦」の暦を持ってきてくださった。先日吾が輩が2012年天文現象カレンダーのことをブログに書いたのが目に止まり”あんたなら役にたつと思って”持ってきたちゃ”と云うわけだ。
 吾が輩にとってはとても嬉しい贈り物、早速開いてみると、来年は間違いなく”閏年”、閏月は3月と判って、2人で、来年の”豊凶占い”をして”ひと時”をすごしたのである。
 旧暦カレンダー
 歳の瀬が近くなった。餅搗きも済んだし御用納め?もしたので、お袋に近況と年末年始のことを話そうと、介護施設に足を運んだ。お袋は寒いのが苦手、と云うよりは歳が歳だけに血行が悪く、寒くなると元気が無い。なのに自分のことより吾が輩のことを心配してくれて、いつものように”あんたらっちゃ大事にしられや”と、百歳になっていても親心に変わりはないのであった。
 おやつを食べる
 冬至から7日、昼間は”畳の目”が7つほど長くなったのだろう。今日は天気が好かったので、牛岳は綺麗な夕焼けで日が暮れたのであった。
 牛岳に陽沈む

雪の下は加工場?

 一昨日以来”ずんずん”積もった雪は峠を越えたようだ。吾が輩が住んでいる処は冨山平野が尽きる手前?なので、積雪深は比較的小さいのだが、それでも今朝までに1㍍近くになった。
 きょう午前は、一昨日に続いて2回目の餅搗きだ。きょうは2回目なので、”あずきどり”は無くて、家で食べるお雑煮用の餅と、我が家の特製?「きざみ昆布入りの餅」を搗くのだ。
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  餅搗きと云ったって杵餅ではなく、これこの通り機械なので、”蒸す”、”搗く”の切り替え、と搗いた後”のし”をすれば、お雑煮用の切り餅が出来上がるので、杵餅搗きとは比べようがないほど、ラクチンなのでR。
 機械で1臼2升の餅を搗くには”むす・つく”で1時間近くかかる。8時から始めてお昼までかかったので、幾臼搗いたかが分かろうと云うものだ。
 午後になって雪は小止みになった。それでは頑張るぞ、と吾が輩1㍍近くある雪を漕いで?畑に行く。キャベツを掘り出すのだ。
 キャベツ雪掘り
 積もった雪は幾分”あまけた”ので、キャベツは雪の重みに抑えられて”悲鳴”をあげているように吾が輩は感じたのであった。
 前にも書いたように、雪の下になった野菜は澱粉質が糖化して甘味が増すので、これまた「特製キャベツ」だ。云ってみれば自然の営みで加工することになるのだ。
 このキャベツ、明日は「地場もん屋」に今年最後の売りに出る。この1年、吾が輩の野菜や果物を買ってくださったお客さんに、心より御礼を申し上げて筆を擱くとしよう。
 、

降つては降つては 

♪ 雪やこんこ 霰やこんこ・・・降つては降つては ずんずん積もる ♪ 夜来の雪は、まさに歌の文句どおり”ずんずん積もった。
 日中も”まだ降りやまず”吾が輩の家の前で60㌢ほどの積雪深となって、フアーマーも冬将軍にお手上げしたのでR。
 ずんずん積もる
 と、云うわけで本日は先ず、雪かきから始めた。午前は”おおとし”迄に届くようにと、北京の朋友に「平成24年和漢名詩撰暦」を送り、その足でJAに行き、集落は農業生産組織の金銭出納を行って来た。本来ならば吾が輩のような老人はそこまでしなくてもよいのだが、集落が小さいのと、後継者がサラリーマンを定年退職せぬ限り、バトンを受け継がないので、止むをえんのであーる。
 午後になっても雪は止まない。まてよ、と童謡「雪」のことをネットで調べてみて驚いた。この童謡は1911年(明治44年)出自であることが判った。とすると、吾が輩のお袋と”おない年”の百歳ではないか。やー嬉しいねーだ。
 ついででなんだが、隣家の”かいにょ(屋敷林)”の「榎」は樹齢が百数拾年の老木、今日は枯れ枝に淡雪が着いて ♪ 枯れ木 残らず花が咲く ♪ となったのであった。
 枯れ木残らず花が咲く
 雪国に生まれ、一所懸命(一生ではないぞ、一所だぞ)に生きてきた人間は”諦める”ことにも長けている?。こんな雪の日は静かに、もの想いに更けるのである。

坂の町雪景色

坂の町雪景色
 このスポット2週間ほど前に「坂の町・門前町」のタイトルで掲載したのだが、今日はアングルを少し変えて、雪景色」を載せるとしよう。
 今朝は雪を払って収穫したキャベツを「地場もん屋」にだすべく集荷所に運んだ。集荷所は、坂の町門前町の反対側にあるので、緩やかであるが坂を上るのだ。で、この写真を撮る為回り道をしたのであった。
 この街の坂は、9月1日から”三日三晩踊り明かす”越中八尾風の盆の舞台になるのだが、この時期は、静かな佇まいで、新年を待つのである。
 きょう我が家は第1回目のお餅搗きだ。第1回と云うのは、贈りもの、または送る為の”お餅搗きだ。従前は吾が輩が作った糯米を用いて杵餅を搗いていたので、親類縁者や、親しい友人が暮れに届くのを待ち焦がれていたもんだ。が、吾が輩寄る年波には勝てず、昨年からは「餅搗機」に頼ることに”なりさがって?”しまった。それでも糯米は吟味して評判?を落とさないよう頑張るのだ。じぶん家でお雑煮にする餅搗きは28日に行う、暮れに2回搗くのが我が家の年末風景だ(きょうは写真に収めるのを忘れたなー)。
 餅搗きで、吾が家に伝わる、”あずきどり”がある。これは搗きたての餅を、鶏卵大ほどの大きさに千切って小豆餡に”まぶす”もので、ワイフ殿の自慢のお餅でもある。吾が輩きょう午後は、この”あずきどり”を近くの叔父貴や、先日は美味しいケーキを頂いた天文学の先生宅などにお届けしてきた。
 アチコチ車を走らせていると、雪の積もり方の違いに気付く。雪は夏の夕立と似たところがあって、少し離れているだけで降りようが異なる。上空の気温は一緒なのだが、雪雲の濃淡があるからだろう。
 吾が輩、若い頃は向学心が大きかった?こともあって、東京で2ケ月、とある講習を受けた。その時、気象庁の先生から、天気図の見方など、チョットばかし気象の勉強をしたのだが、それがこの歳になって大いに役立っている。わけても、ネットでリアルな雲の動きを見て、自分なりに天候の変わり方を”占って”みることが出来るのが嬉しいのである。
 今夜の天気図はかなり雪が降ることを教えている。「クリスマス寒波」とは好く云ったもんだな。

忘年交のイブ

 今日は朝から好く晴れた。冬至3日目だから、まだ「日南の限り」だ。冬晴れの日の出は7時20分をまわっていて,如何に夜明けが遅いかを実感したのであった。
 冬至の候の日の出
吾が輩午前は、用足しに車を走らせたり、雪を被ったキャベツの状況をみたりだ。キャベツは明日「地場もん屋」へ出すので、品定めをしたのだ(雪の下になったキャベツは美味しいぞ)。
 雪を被ったキャベツ
 お昼に近くなったので、お招きを受けた、八尾中国語教室の「聖誕節宵(クリスマスイブ)」の集いに出かけた。行ってみると中国の老師(先生)が自ら腕をふるった中華料理が盛り沢山、卓上に並んでいてビックリしたのでR。
 イブの日中交流
クリスマスイブの集い・2
 集う面々は、それこそ”忘年交”、名単(メニュ)も日中交流で、賑やかなひと時を過ごしたのである。
 午前中よく晴れた空だったがお昼過ぎから、雲行きは怪しくなって午後はチラホラの雪、今夜は予報どおり雪が降り積もるようで、まさしく ♪ きいーよし この夜 ♪ と、なりそうだ。

豚に真珠

天文現象カレンダー
 昨日(冬至の日)の夕方、近くにお住いの天文学の大先生が我が家を訪ねてくださって、「2012年天文現象カレンダー」を頂戴した。吾が輩農業と二十四節気の関わりに興味を持っていることを、何時かお話したので、わざわざ届けて下さったのだ。
 吾が輩、冬至、春分、夏至、秋分の4つは、天文学の上からも重要な節気だろう、と思う程度で、天文学は全くの無知、折角頂戴したのに「豚に真珠」で、申し訳ないことこの上無しなのである。
 それでもと思って今日は目を皿にして、カレンダーを見てみると、2012年最大の見ものは5月21日の「金環日食」であると判ったのであった。また、2012年の「仲秋の名月」は、10月27日と書かれているではないか。と、なると2012年旧暦はたぶん閏年だ。ならば何月が閏月になるのだろうか、と、これでもチットは興味が募るのである。
 昨日は夕方の客人で目を廻したのだが、今日は朝方の客人で”てんわん”だった。祝日の上に小雪が舞っていたので朝は”ゆったり”と新聞に目を通しているところに隣村の自治会長・副会長が連れ立ってお見えになり、先日から始まった土地改良財産の維持適正化事業について経過の説明に見えたのであった。吾が輩、もともとこの事業には思い入れが大きかったので、朝飯を”そっちのけ”にして話しこんでいたら、なんと9時半をまわってしまって、ワイフ殿にお叱りを受けたのであった。
 今日は「天皇誕生日」天皇陛下は78歳におなりになられた。なにを隠そう吾が輩天皇陛下より11ヶ月早く78歳になっているので、畏れ多くも吾が輩、天皇陛下と”おないどしなのである。と云う訳で今夜は祝杯を挙げたことを書いておこう。
 

冬至の”かぼちゃ”

 二十四節気は冬至となった。暦便覧には「日南の限りを行て 日の短きの至りなれば也」と書かれている。
 吾が輩、この「南の限り」の表現に惹かれるのだ。朝晴れていれば「南の限り」からの日の出を写すのだったが、生憎の雨であった。
 南は、”限り”だけでなく、「かぼちゃ→南瓜」に通じるのか、冬至の日は南瓜を食べる習慣が根付いている。
 吾が輩の家では、朝、南瓜が食膳に上った。
 冬至のかぼちゃ
 このかぼちゃ、吾が輩が今年乾坤一擲、きょうの日に多くの人に食べて貰うべく、抑制栽培をし朝早くから受粉作業にも精をだしたのだが、8月の中旬の大雨に祟られて収穫したのは僅か、”骨折り損の草臥れ儲け”に終わって、我が家で食べるのを確保するのに”やっやっと”だったのである。
 何故「冬至かぼちゃ」なのかは兎も角、この時期貴重な野菜。カロチンを多く含むのが特徴だが、カロチンは、体内でビタミンAにかわって肌や粘膜を丈夫にし、感染症などに対する抵抗力をつけてくれる、と教えられるのだから、ビタミン不足になり勝ちの冬場にはありがたい「瓜」だ。
 きょうは「がんこ村」に今年最後の野菜を届けた。お店には南瓜が少ないだけでなく、吾が輩が作った抑制南瓜には及ばないのになー、と改めて失敗したことを悔やんだのであった。
 午後は来年から、吾が輩に代わって”かぼちゃ”など、野菜作りの中心になる広江君が、ビニールハウスを作る計画なので、その建設現場を見たうえ、設計見積もりをする打ち合わせをした。
 作戦会議
 冬至は「日の短きの至り」、なので、明日からは”畳の目”ひとつ宛て、日が長くなる「一陽来復」だ。「運」が向いてくるように、と、”ん”の字が付く食べものを食べる、と云うので「南瓜→なんきん」を食す、とも云われるそうだ。
 吾が輩も「運」が向いてくるように”うん”と「なんきん」を食べるとしよう。

嬉しい”こころずかい”

 きょうは、嬉しい心ずかいを頂いた三つのことを書いておこう。
 その1、午前年賀状をポストに入れに行って帰宅してみるとS庭樹園の会長が「双幹の松」の雪吊りに来てくださっていた。今年は何時もきてくださるE本さんが体調を崩されていて、やっていただけそうにないので、雪が降った事でもあり、急がねばと考えて昨日S庭樹園に行って、お願いしてきたのだが、ご繁忙なのに早速ときてくださって、一安心したのである。
 雪吊り
 その2、お昼過ぎになってメールの受信トレイを開けると、北京からカード付きのメールが届いていた。発信人は、北京の著名な中学校の副校長,F先生だ。かつて八尾町の中学生が10年続けて訪中した際交流してきた中学校で、F先生は我が家にホームステイされたこともあり、昨年吾が輩が北京に旅した時に旧交を温めてきたのだが、今年は東日本の大震災の時も見舞いのメールをいただくなど、いつも心ずかいを頂いているのだ。
 フォんユンさんメール
 今日は年末の挨拶で、新春を迎えるにあたり、貴方達が「新年快楽、健康平安、幸福永遠」で、あることを祈ります、と、書かれていたのである。
 その3、冬の果樹園は剪定作業に追われるのだが、剪定の七つ道具?は、切れ味が良くないと捗らないので、毎年この時期に、刃を替えたり、サラの物を買ったりするのだが、今年は少し段取りが遅れていて、昨日メーカーへフアックスで発注したのだが、なんと今日の午後には宅急便で届いて、吾が輩そのスピードの速さに感心したのであった。
 七つ道具
 この三つ、内容は違うのだが、気忙しい師走であるに関わらず、いずれも”深い思い遣り、心ずかい”であり、吾が輩すっかり嬉しくなったのである。 

いつまで赤き烏瓜

 きょうは雨が降ったり止んだりだ。雪になりそうで、ならなかっただけ有り難かった。
 吾が輩きょうは主に年賀状の宛名書きをしたのだが、午後は「和食処・合掌」へ里芋と「しろな」を届けに行ってきた。場所は高台なので途中の道路沿いにはいろんな植物が目に付く。きょう目に止まったのは、竹藪の中の「烏瓜」だ。
  からす瓜
 カラス瓜の名前の由来はいろいろ有るようだが、俗に云われるのは”烏がこの実を好むから”だ。ところが最近は烏もグルメ嗜好?になったのかあまり食べないそうだから、娑婆も変わったもんだ。
 烏瓜で思い出したのが「てんかふん(天瓜粉)だ。「てんかふん」は烏瓜の塊根から採った澱粉、吾が輩が子供の頃は、どこの家にも常備薬?としてあったもので、汗疹(あせも)がでると、母はパタパタと「てんかふん」を叩いたのであった。
 今は余り省みられていないようだが、天然自然の”妙薬”?と、吾が輩は思うのだが、どうだろう。
      しぐるゝや いつまで赤き 烏瓜 (正岡子規)
「和食処・合掌」の近くには、イタリヤ料理の「エルバッチャ」がある。通り道でもあるので、マスターに、吾が輩が作った「ルレクチェ」をプレゼントしてきた。
 エルバッチャ
  本当は買ってもらう心算だったのだが、店には県内産の「ルレクチェ」が用意されていたので、しからば吾が輩はプレゼント、と、変心?したのであった。それにしても、同業の方もなかなか”やるもんだ”と感心したのである。
 歳の瀬が近くなったこともあって。ここのところ心温まる”お歳暮”が連日のように届く。お陰様で我輩、毎日が「口福」、幸福度が日増しに高くなるのである(謝謝だ)。
 

枯れ木も山の賑わい

枯れ木も山の賑わい
 人間様も、吾が輩ほどの年齢になると”枯れ木も山の賑わい”でないが、役に立つことが少なくなる。
 だもんで、”賑わい”を少しでもハデ?にしようと、吾が輩が買って出たのが、集落の「土・水・里」活動の世話役だ。
 今日はその「土・水・里」活動の事務のことで、行政の窓口に行ってきた。チョットだけ高台にあるのだが、其処から写したのが冒頭の写真だ。
 今日は午後になって”いっとき”お天道様がお顔を見せられて、枯れ木も山の賑わい”が実証されたのであった。
 これより先、晴れ間が出たので、吾が輩活き活きと育っている冬野菜と対面?してきた。キャベツはかなり結球が進んだので、そろそろ収穫を始めるかな、だし、大根も暫くの間にずいぶん太くなっている。
 冬王と緑輝
 面白いのは大根の葉が地表に垂れることだ。これは、地上に出ている「根部」が凍傷?に罹るのを防ぐ”大根君の自衛手段?”なのだ。
 いったん雪の下になった野菜は、キャベツも、大根も甘味が増すのは好く知られたこと。こんなに”みずみずしくて”ビタミン豊富な野菜が食べれれば、きっと”幸福度”向上に役立つことであろう、と、吾が輩は思うのだ。

幻の梨・ルレクチェ

 先日、「110年前の出会い」のタイトルで書いた西洋梨が、新潟県は加茂市の「やまきん果樹園」から今日届いた。
 早速外箱を開けると、素敵な化粧箱に入った「ルレクチェ」が”まぼろし”ではなく現実になった。
 ルレクチエ化粧箱
 蓋を開けると、「フランスで生まれ新潟で育った幻のフルーツ」と書かれた説明書が有った。なんと「やまきん果樹園」は、”ルレクチェ品評会最優秀賞受賞園」だったのだ。
 ルレクチェの説明書き
 果物は如何にして付加価値を高めるかが問われるのだが、「外箱」「中箱」そして”食べ頃ルクチェの特徴”まで記された説明書”と、見事な包装に感心したのであった。
 幻の梨
 もちろん果実も見事なもので、さすが歴史のある果物産地に、吾が輩脱帽したのである。
加えて云うならば、農業の3次化手法も大したもので、「K・産直市場」が、配下の量販店の窓口で客から予約を取った上、取引のある果樹園から宅急便で送る方法が採られている、と、分かって吾が輩大いに勉強をさせられたのであった(吾が輩は量販店の窓口で予約申し込みし代金を前払いしていた)。
 この、現実になった”幻のフルーツ”は、吾が輩特別にご懇意にして頂いている”ご夫妻”にお歳暮の品として贈るものなので、今日は日曜日でもあり、午後になって出かけたのだが、生憎とお留守だったので、明日にでもと引き返したのであった。
 夕方になって「和食処・合掌」の大将から注文が入った。吾が輩の産直の最たる?お店だが、付加価値を大きくすることと共に、”もっともっと”産直の手法を、考えねば、と思うのであった。

昨日の今日

雪積もる(12・17)
 昨日の「うっすら雪化粧」と比べてみる。一夜にしてこの変わりようだ。でも20㌢かも、の予報より少なく、除雪車の初出動はなかった。
 こうなれば一先ずは外の仕事を諦めて、中で片付けねばならぬ仕事?だ。と、云う訳で吾が輩きょうは年賀状を作成し、印刷をした。
 作ったのは7種類だ。吾が輩”柄にも無く?”パソコンは自由に操るので、画像もフンダンに使って楽しい賀状を、毎年7~8種類作り、交友関係などを考えながら、区別?して差し上げるのである。
 今から大写しで掲載すると、手の中がバレル?ので、小さい画像でブログに載せよう。今日は、文面の印刷も完了したので、明日は宛名書きだ。これで元旦には間違いなくお届けできるであろう。
 24年の賀状
 今日は夕刻から「八尾の農業を語る会」の忘年会がある。多分これで今年の忘年会は全部済むので、今夜は語るだけは大いに語るが、アルコールは”ほどほど”に飲んでくるとするかな。

今度は平野部も積もるぞ

 昨日の夕方、がんこ村のK井店長から電話が入った。”あんたのブログを見ていると、「しろな」がずいぶん大きくなったようだが店に出してもらえないか”ときたもんだ。
吾が輩のブログ愛覗?の御礼を申し上げたのは勿論、電話の件は合点承知と、今朝は早めに食事をとり雨の中を「しろな」、「大根」、「ブロッコリー」と収穫をした。気温は下がってきているので、水洗いが伴う仕事は年寄りには堪(こた)える。 朝どりしたものの他、貯蔵してある「秋じゃが」に「さつま芋」もパッケージして、「がんこ村」に急いだ。
 金曜日の「がんこ村」は暫くぶりだ。お店に行ってみると、吾が輩を待っていた方があった。前にも書いたことがあるが、このお店で一番多く、吾が輩のりんごや野菜を買ってくださる、S水ご夫妻だ。久しぶりに会ったので、お元気な姿をパチリしてきたのであった。
 一番のお得意さん
 店内のギャラリー?には素敵な絵画が多く架けられていて、暖かい雰囲気、吾が輩が持参した、野菜君たちも見事フイットしたのでR。
 午後は、自治会の会計処理をして金銭を出納するためにJAバンクに出かけた。出先で、JAの理事である、Mさんに会ったので園芸農産物の”地産地消”の件で話合った。本格的な冬の到来で、野菜の出荷が減ることの問題を話し合ったのである。
 建物の外に出てみると、雨が雪に変わっている。気温もかなり下がったみたいで、いよいよ平野部も雪で覆われるようだ。
 雪は降り始めがまた絵になる。帰宅して我が家の庭の「うっすら雪化粧」を写した。
 うっすらと雪化粧

 夜になって、雪の降り方が強くなった。天気予報も、明日朝までに20㌢の積雪、と報じている。吾が輩も、熊と”ひとつに”冬眠とするかな。

110年前の出会い

ルレクチュエ
 写真の果物は西洋梨の「ルレクチエ」だ。今の時期が食べ頃の高級果物?、吾が輩が初めてお目にかかったのは10数年前、柏崎に住む弟からお歳暮に貰った時だ。以来、その香りと味覚に魅せられて、この梨のことを調べるようになった。
 1902年と書かれているから、今から110年前になる。新潟県は中蒲原郡茨曽根村の”庄屋”小池左右吉が、ロシアのウラジオストクへ旅行して、この梨に出会い栽培を決意、1903年に原産地フランスから苗木を直輸入したと云うのだから、驚くのである。
 果物の多くは日本が近代国家になってから苗木や栽培方法が伝わるのだが、当時のリーダーや先覚者の行動力には感心せざるを得ないのである。
 西洋梨と云えば「ラ・フランス」と勘違いしている人が多いが、「ラ・フランス」は一つの品種、栽培面積が多いので店頭には「ラ・フランス」が多いのだが、「ルレクチエ」は、栽培が難しいこともあって作られている面積が少なく、店頭に並ぶのは限られていて”まぼろし”の梨とさえ云われているのだ。
 が、知る人ぞ知る、この西洋梨は「豊かな芳香、なめらかな舌ざわり」で、吾が輩は西洋梨の王者と思っているのだ。
 その「ルレクチエ」吾が輩も1樹だが作っていて、、10月の末に摘み取り、追熟すること1ヶ月、今食べ頃となったのである(お盆の上のルレクチエ、手前2個が吾が輩が作ったもの)。しかし本音を云うと未だ着果数が少ないので、大きな声は出せないのだが、先日、弟がお土産に1ケース持ってきてくれたので、御礼に兼ねて、主産地、新潟の栽培農家各位の努力に敬意を表すべく、ブログに書いたのである。
 今日は昨日とは打って変わって終日の雨だった。が、以外と来客が多く、ルレクチエを賞味していただきながら、西洋化のことも含めて、110年の重みを話合ったのであった。

放射冷却で一面の霜

銀嶺立山 
 吾が輩昨夜は真夜中にトイレに立った。窓の外は”居待月(18夜の月)が冴えて地表は白く、雪が積もったかに見えた。夜が明けてみると、雪ではなく一面の霜であった。
 今朝は快晴、放射冷却で冨山の最低気温は0・5度、霜は明け方に降りたのであろう。
 こんな日は12月とは云え青空が広がる。立山連峰は銀色に輝くのであーる。
 吾が輩の地方では、この時期の日照りを”ババ日照り(その年も遅くなってからの日照り)と云って年越し作業に精を出すのである。
 で、吾が輩、小森さんに手伝ってもらって、りんごの剪定作業だ。今日は雪が積もると枝折れするような樹から始めたのである。
 
剪定始まる
 空は”真っ青”、大枝から伐るのだが ♪ さわじぃは木を切る、ヘイヘイホーヘイヘイホー♪じゃないが、鋸を使っていると、額に汗をかくのであった。
 冬とは思えぬ暖かさ、冬だと云うのに汗がかける悦び、オヌシお判りかな。
 夕方は早めにきりあげて、富山市街の夜景が綺麗にみえる高台にお住いのK谷先生のお宅を訪ねた。云われるままにお邪魔して、コーヒーを頂きお喋りしていたら、日が暮れてしまった。失礼を詫びて辞したのだが、外にでて見て、あまりにも綺麗な夜景に、改めて感心したのであった。

熊蟄穴

 二十四節気の「大雪」も半分が経過した。大雪の次候は「熊蟄穴」で、”熊が冬眠のために穴に隠れる”だ。
 「熊蟄穴」は七十二候で暦の上のこと。今年は山の樹の実が豊作だったらしいので、熊君、木の実をイッパイ食べて、とうに穴に入って終っている、と、吾が輩は思うのでR。
 「冬眠」はなにも熊君だけではない。哺乳類は皆冬になれば「冬眠」か、”眠る”までゆかないにしても、それに近い状態?になるものなのだ。人間様だって例外ではない筈?、わけても自然相手のファーマーは、本当は「冬眠」したいのだが、都市化の進展や、ライフスタイルの変化などで1年中食べ物を供給せねばならないので、”わがまま”は許されないのだ。
 と、云う訳で、吾が輩きょうの午前は、大阪のお客さんへお米を送ったり、近くのお得意さんに野菜を届けたりした。午後は林檎仲間のM上さんが、エコファーマーの認定申請をしたいからと来宅されたので、吾が輩の経験をもとに、「持続性の高い農業生産」、有機・減農薬栽培のリンゴ作りを話合ったのである。
 ライフスタイルの変化で象徴的なのは、「白菜」と「しろな」だ。「白菜」は漬け物用や、越冬用の需要減退、で、大きく売れ行きが減ったのに対し、「しろな」は、カロチンが多く含まれていて、体内で必要な量だけビタミンAに変換される、など、期待される効能なども手伝ってか、1年中食べられる野菜となり、売り上げが増えていることだ。
 「白菜」と書くが、”しろな”とは呼ばない。”しろな”と呼ぶが「白菜」と書かない、ほんに楽しい野菜達だ。
 で、吾が輩きょうは、その”しろな”を写真に収めた。この”しろな”年末に集中的に売りに出して、今年最後・お客さんのご愛顧に応える心算(つもり)なのだ。

しろな育つ
 

坂の町・門前町

坂の町・門前町
 吾が輩が住む町で、何時の時期でも絵になるスポット、ここが其処であーる。
 吾が輩きょう午前は近くの、JA農機センターへ修理費の支払いなどの確認に行ったので写したのだが、小雨に”けむる”坂の町は、静かな佇まい、M寺の大屋根と、街並みは、門前をしっかりアピールしているのであった。今日午後はりんご仲間の剪定研修会&忘年会だ。
忘年会から帰ってテレビを見ると、今年の漢字に「絆」が選ばれたと報じている。吾が輩、最近のメディアやマスコミに「絆」が多く見聞されたので選ばれる雰囲気?を予感していたのだが、決まってみると、チョットばかり気にかかるのだ。
 漢字源によれば{「絆」、(名)馬の足にからめてしばるひも。また、人を束縛する義理・人情などのたとえ。(動)つなぐ。ほだす。しばって自由に行動できなくする}と、あるのを吾が輩調べて知っていたので”人を束縛する義理・人情”が気になるのである。
 難しい話は止めよう。今日のりんご剪定研修会、果物作りは剪定に始まり、剪定に終わることを、改めて知るとともに、果物作りの奥の深さを学んだのであった。
 研修会の後の忘年会は、その奥の深さが分かる人達の”飲み会”だ。束縛されることなく飲んだので、ご帰還?が遅れたのでR。

一番の働き者?

 12月も中旬になった。雪国に住むファーマーは、いつ雪が降り積もっても”シマッタ”と思わずに済むように心がけておかねばならない。
 その中の一つが農機具の格納だ。きょうはトラクターと防除機を稼動・清掃し格納した。吾が輩が使っているトラクターは32馬力で、集落内農家が共同利用しているのだが、昭和58年に購入したのだから、もう30年近く使ってきた。考えてみれば「馬力」では、村一番の働き者だ。
 もっとも、この30年の間に転作面積の増加や、後継者不足で、村以外の農家に委託した面積が増えて、村の農家の稲を作る面積は往時の4分の1になってしまった。
 吾が輩もお米を作る田んぼは少なくなったのだが、野菜や果物があるので、トラクターの力を借りねば”お話”にならない。特に野菜は深く耕さねばならないので大きい馬力のトラクターが不可欠なのだ。で、雪の前には稼動して、バッテリーチャージをし、耕耘部の錆を防ぐ為土を綺麗に洗い落として格納をするのだ。
 トラクター格納
 幸い今日は日中は暖かく、水扱いは苦にならなかった。
 午後は、ちょうど1週間前の日曜日に軽い怪我をしたお袋を見舞ってきた。お袋は村一番の高齢、だから村一番の働き者?だ。お陰さまで怪我はたいしたこともなく、今日は穏やかな表情でベットに横たわっていた。なんちゅうたって百歳を超えて6ケ月たったのだから日毎に体力が落ちてゆくのだが、明治生まれは若い頃”鍛えられて”いるので、芯が?強い。今日などは”あんた大事にしとられや”と逆に見舞われてきたのであった。
 雪降り前の仕事で、もう一つ急がねばならないのが、取り残しているリンゴ摘みがある。今日はこの作業も略終わった。
 先日画像とともに”落葉帰根”とリンンゴのことを書いた。果物の剪定は葉が落ちれば本格的に始まる。明日からは晴れ間をみながらリンゴの剪定作業だ。

水鳥の羽音

水鳥の羽音
 今日は冬型の気圧配置がゆるんで日中は陽が射した。師走も中旬になったのだから、お天道様が照ってくださると、とてもありがたい。
 水鳥たちも堰の深みに羽を休めて気持ち良さそうに遊泳?している。吾が輩達は遊ぶわけには参らぬ。きょう吾が輩、午前は、籾の乾燥調製施設の会計処理をして、決算書を認めたのだが、午後は、暖かくなったので、相棒に声をかけて、並木道のナツメの剪定と雪囲いをした。
このナツメは植えて4年経ったので来年からは、かなり実を着けることが出来る。と、すれば雪で枝が折れないように降雪前に行うのだ。並木道の彼方に用水の堰が有り、その堰で水鳥が羽を休めていたのだ。
 ナツメの剪定
 夕方”農を楽しむ元気トリオ”の一人、F瀬さんが吾が輩が差し上げたリンゴで作ったジャムを持ってきてくださった。貰い物は昨日・今日と続いている。昨日は吾が輩の詩吟友達で、貝塚市のミカン農家Yさんから、枝付きのミカンが”どっさり”届いたばかり。F瀬さんもYさんも、丹精込めてお作りになったもの、吾が輩友情に感謝感激するのであった。
 丹精込めて

屋敷林の年輪

杉林さん・年輪
 今日は未明の雨が、夜明けとともに雪になった。初雪だ。1時間あまりも降っただろうか、道路に積もるまでもなく止んだので画像に収めるまでに至らなかった。
 吾が輩きょうも、午前はアチコチ用足しだ。午後は車のタイヤを交換し、軽四は格納して、雪に備えた。夜は地域の自治振興会の忘年会、酔っ払うこと必定、なのでブログは早めに認めよう。
 今日は先日訪ねた,地域でも”とびっきり”の旧家で、元首長を長くお勤めになった、S林さんの屋敷林の杉のことだ。
 何せ”とびっきり”の旧家だから屋敷も広く、周囲に杉が植えられていたのだが、天を突く大木になったのと、その大木の樹陰が及ぶ近くに、お孫さんの家をお建てになったのを契機にこのほど伐採されたのだ。
 で、先日訪ねた際に切り株を見せてもらったのだが、直径は1㍍は優にあって、見事な年輪が刻まれていて、吾が輩感動したのであった。
 ”おお奥様”に伺ったところによると、樹齢は200年近く、とのことで吾が輩納得したのである。
 昔は屋敷林にどこの家でも杉が植えられていて、防風・防雪はもとより、落ち葉は焚きつけに使われ、30年もまだも経つと、杉材として、用いられたものだが、最近は屋敷林から姿を消しつつあって、農村の原風景が変わるのだが、この季節,伐られてゆく屋敷林に、吾が輩郷愁を覚えるのであった。

長白山の人参

劉さんのお土産
 今日は太平洋戦争が始まった日だ(当時は大東亜戦争と云った)。吾が輩、当時小学校2年生だった。
 今でもおぼえている。昭和16年12月8日は月曜日、朝から小雨が降っていた。あれから数えて今年は70年、日本は大きく変わり、吾が輩も様々な経験を積んできた。
 中でも、グローバル化の問題は、ライフスタイルや国家の有り様に深く関わっていて”ぼんやり”と考えていては生きてゆけない時代になったように思う。
 そんな、こんなを考えていたところへ、中国の老朋友から宅急便?が届いた。この老朋友、清華大学の准教授Lさん、先日東京の大学へ学術交流のため来日したのだが、”長白山人参”を持参したので、宅急便で送ると電話があって、先刻承知していたのだが、開けて見てビックリ、立派な箱の中に入った人参は野生の本物であることの証明書付だったのでR。
 長白山の人参
 たまたま来合わせた八尾中国語教室のK本女史、彼女は”長白山人参”の産地、吉林省出身なので、この贈り物が如何に高価なものかを話すのであった。
 通訳・川本さん
 吾が輩、很高興、謝謝だ(大切にして健康増進に役立てようっと)。
 きょうは雨量は少なかったものの、一日断続的に雨が降った。が、吾が輩きょうはコンバイン利用組合の決算事務なので、空を気にすることなく事務を進めた。
 夕方になって仲間が集り、決算報告をした後、イッパイ飲むのが恒例だ。今日は先日来豊漁が続く”ぶり”を使った料理に舌鼓を打ちながら、TPP問題や、野菜の安値を話題に、”ウさ晴らし”をしたのであった。

大雪の候、ぶり豊漁

大雪の候?
 きょうは二十四節気の「大雪」入りだ。暦便覧には「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と書かれているが、富山平野はまだ初雪は降っていない。(その冨山平野を見下ろすところに出かけて写したのが冒頭の画像だ)
 がしかし、”ぶり起し”の寒さにならないのに、「氷見の寒ぶり」が豊漁で、一昨日は1,000本、昨日は1247本も水揚げされた、と新聞が報じている。1本の重さは8~9kgが中心で、中には14kgを超す大物もあって、浜は活気づいた、とのことだ。
{7日、夜追記:氷見寒ぶり、きょう7日は2816本が水揚げされた、とK紙のwebunが伝えている)}
 かたや陸(おか)の方は、秋冬野菜が豊作で、野菜が値下がりして”豊作貧乏”を”カコッテ”いるのだから、浜の活気が吾が輩”ケナルイ(羨ましい)”のであーる。
 きょうは朝夕、雨だったが日中は、一時晴れ間がでて、陽射しが”ふりそそいだ”、で、吾が輩、年明けて売りに出すキャベツの生育状況を見てきた。
 結球始まる
 「冬王」と名がついている、このキャベツ、結球が始まってスクスクと育っている。雪の下でも結球が進むキャベツは、下葉を大きくしておかないと、内葉がしっかり締まって充実したものにならないのだが、今年は下葉が育つ時期の天候が良かったので、このとおり期待がもてるのだ。
 きょうの吾が輩、アチコチ出かけて”借金払い?”やら、年末のご挨拶まわりだ。でも師走は留守の家もあって思うようにゆかない。もっとも二十四節気「大雪」の七十二候・初候は、閉塞成冬(天地の気がふさがって 冬となる)、だそうだから「閉塞」は止むを得ないか、と諦めたのであった。

果樹新植の勉強会

 今朝は大陸から高気圧が覆ってきて、「放射冷却現象」となり、最低気温が2・3度と、この冬になって最低を記録した。
 こんな日は雨は落ちない。ありがたいかな、「和食処・合掌」の大将から、今、何が有るかとの問い合わせ、「里芋」に「しろな」が有る、とお答えすると、持ってきてくれないかと、ご注文だ。
 早速、里芋を洗い、「しろな」を摘んで納めてきた。 
 午後は果物新植の勉強会だ。
 勉強会(12・6)
 集ったのは新植の中心になる広江君と植えるときから「オーナー」になる予定のN田さん、T尾さん、そして広江君の応援団長候補のTさんだ。教えてくださるのは冨山農林振興センターのT口さんだ。
 勉強会に先立って、新植予定地を見てもらい、現地での質疑をした後、教室?で集中的に勉強をしたのであった。
 植える苗木は既に届いていて、仮植えしてあるのだから、これで準備は全て整った。後は段取り通り作業を進めることになる。
 来春、吾が輩の桃の花が開く頃は新植した「新果樹園」の写真をブログ載せることであろう。

落ちる前の華やぎ、そして”落葉帰根”

落ちる前の華やぎ
 今日も断続的な雨だ。吾が輩農作業を2日続けて行わなかったのは久しぶりだ。
 こんな日は落ち着いて物事を考えることができるし、目の付け所も違う。きょうは玄関先の「かえで」の紅葉が殊のほか綺麗だ。先日来一葉二葉と落ち始めているのだが、風に遭わないので一斉に散ることがない。落ちる前の”華やぎ”も、もうそろそろ限界だろうなー、と思うのだ。
 同じ落葉植物でも吾が輩の作る林檎は風の有る無しにかかわらず、ここのところ、ハラハラ・ハラハラと散って落ち葉が地面を覆いかかっている。 
 葉落帰根
 「落葉帰根」と書けば表現が豊かになる。それもそのはず「落葉帰根」は”ことわざ”にあるのだ。中国は禅六祖「慧能」の言葉だそうだが、云い得て妙だ。
 たとえ樹木がどんなに高くても、落ちた葉は、いずれ根元に帰る、と云う意味の諺と教えられているのだが、吾が輩のように果物を始め多くの庭園樹をもっていると”つくづく”考えさせられるのである。
 きょうの吾が輩は師走を忘れて”ゆったり”していて、ネットで「落葉帰根」を検索して勉強したのだが、その中で、お釈迦様のことが書かれていた。
 {今から約2500年前の釈迦が最後の旅で向った先は当に生まれ育った地であった。70マイルの距離まで近づいて病に倒れたのはよく知られたこと}との記事を見つけた吾が輩、人生の黄昏にあって、自分の「根」が何であろうかと”しみじみ”考えたのであった。

神仏のご加護

開山講
 昨日の仏事に続いて、今日は菩提寺の開山講だ。お寺は参り事の都度昼食が振舞われるのだが、精進料理にかわりはないものの、一回一回内容が異なる。
 師走の開山講のときは「小豆の炊き込みご飯」に「お煮しめ」、そして「インゲン豆の煮物」だ。吾が輩この昼食が大好きで今日はご飯をお代わりして頂いてきた。
 読経は午後の1時から始まった。最近は吾が輩少し声を出して住職の読経に和するようにしているのだが、そうすることで、仏教徒の”ハシクレ”も心が穏やかになるのでR。
 読経の後は住職のお説教だ。きょうは菩提寺を開かれた「日覚大僧正」のことを中心に、お話された。吾が輩過去に何回かは聞いたように思うのだが、記憶が薄らいでいた。今日聞いて、開山の「日覚大僧正」が如何にご立派な方であったかを改めて知ったのであった。
 「日覚大僧正」は1486年(文明18年)尾張の国守山でお生まれになった方だが、19才で、碩徳の聞こえが諸宗にとどろき、28才で法華宗、総本山本成寺、第9世貫主におなりになった、と聞くと、現今の若者達と比べて”ビックリ仰天”したのである。
 どうして、こんな立派な方が、この地にお寺を開かれたかは割愛するとして、ここまで知ることができると、今まで以上に”法悦”に浸れることの歓びを覚えるのであった。
 お寺を辞する頃になって雨はあがり、お天道様がお顔をみせられた。と、師走には珍しい虹が架かった。
 師走の虹
 虹は”村の鎮守の神様”である神社のところから架かっていて、吾が輩きょうは「神仏」のご加護に”こうべ(頭)”を垂れたのである。

仏事

 師走の天候は変わるのが早い。きょうは未明から雨、ただ、今のところ気温はそれほど低くはならない。
 我が家は今日、亡父の13回忌法要だ。祥月命日は正月3日なのだが、新年早々なので、1ヶ月繰り上げたのだ。
 7回忌から5年が経過して、集る縁者も歳が嵩んで、足腰の痛みを訴える者も増えた。でも、お陰さまで顔ぶれは変わることなく、仏前に合掌して故人を偲んだのである。
 亡父13回忌
 直会は「和食処・合掌」だ。合掌したから選んだ?のではない。「和食処・合掌」の大将は今年の夏以来、吾が輩が作った果物や、野菜を高く評価して、多くお買い上げいただいたので、そのお礼の意味もあって選ばせていただいたのでR。
 お部屋は眺望満点、椅子席で、雨の止み間には冨山平野が俯瞰できて、久しぶりに冨山にきた者は特別の歓びよう。席についた面々、異口同音に今日のお料理はとても美味しかった、と喜んでくれて、ゆっくり食事を楽しんだのであった。
 吾が輩は6人兄弟、きょうは久しぶりに”水入らず”の写真に収まった。
 水入らず
 このように掲載してみて、はて、誰が一番亡父に似ているのだろうかと話し合ったのである。
 師走は一日が早く暮れる。ましてや雨の日はバタバタと暮れていったのである。

12・2日の
3日朝になって記事を書く。
 昨夜は吾が輩の直ぐ下の弟妹2人が来て宿泊した。今日3日は亡父の13回忌を営むので、遠方でもあり前日に訪れたのである。で、久しぶりだったこともあって酒を酌み交わし、近況を語り、懐旧談にも花を咲かせていたら深夜に及んだので、ブログは(書き込み中)のままとしたのであった。
 2日は曇りときどき晴れで、この時期拾い物の天気、久しぶりに「地場もん屋」に「しろな」と「秋じゃが」を出した後、大阪の知人S我さんから頼まれている林檎の箱詰めと荷造りをした。
 大阪へのりんご
 この方は毎年、お歳暮用にまとめて買って頂く、お得意さんだ。粗相があっては申し訳ないので念入りに選別、箱詰めをしたのである。
 午後は、林檎の捕植だ。H江君、にF瀬さんに手伝わせて、植え方の実習としたのでR。
 冒頭の写真は”おもて山”の景観だ。里山は紅葉の「まだら模様」、駱駝の背中のように写ったのは「夫婦山」そして奥は雪を被った「飛騨連山」だ。1度はこの写真を撮りたかったので、日差しが出たのを見計らってパチリしたのであった。
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