回想

福寿草と椿
 今日は年度末、退職辞令を貰った人も多いことだろう。そんな人々はどんな回想に耽るのだろうか。
 そこで我が輩、花言葉が「回想」の植物を思い出したのでR。福寿草です。その福寿草が今我が家の庭に花を着けているのです。何時の日か正月の鉢物で買い、花が済んだ後、庭の椿の下に”オロシタ”のだが、半日陰の場所が良かったので、その後、年とともに茎数が増え例年3月の末頃、枯れ草の間に黄色の花を咲かせてくれるのである。我が輩ブログを認めて1ヶ月、三日坊主にならないとも限らないと思っていたのだが、なんと1日も欠かすことなく続いた。よくも続けたものだ、と、この1ヶ月を回想しているのでR。明日からは4月だ。桜の蕾も、我が輩も陽春の訪れを待ち焦がれている。
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如月の望月

リンゴ園の望月
 きょうは旧暦の2月15日。旧暦は15日が満月ですぞ(月齢は少しづれるが)!
 ♪うさぎ うさぎ、なに見てはねる、十五夜お月さんみてはーねる♪なんです。十五夜は十五夜でも、旧暦2月の十五夜は桜の季節になるので、詩情を掻きたてるのです。そして、今日は桜を愛した西行の「忌日」でもあるのです。
 ”願はくは、花の下にて春死なむ、そのきさらぎの望月のころ”
   澄んだ夜空に「如月」の望月が昇ってきたではありませんか(望月家に嫁している次女と孫娘はどうしているかな)。
 きょうは我が輩久しぶりに夜になってからの日記だ(下手な写真を撮ったので)。月が満ちただけでなく、きょうは梨の接木を始め、滞っていた外の作業も捗って、心も満たされ、我が輩は御機嫌なのです。

春簾雨窓

 3月も余すところ2日だと云うのに、きょうは朝から雪が舞う。お陰?で、日記を書くのに”ゆったり気分”である。
 我が輩は詩吟をやっていることは、以前に自白?したので、今日は今の時期に相応しい漢詩を一つ紹介しよう。頼 鴨(らい おうがい)作の「春簾雨窓」だ。♪春は自ずから往来して 人は送迎す 愛憎何事ぞ陰晴を惜しむ 花を落とすの雨は是れ 花を催すの雨 一様の檐声 前後の情♪。今日は、花を催すの雨ならぬ雪に蕾たちは”ひるんで”しまっているだろうが、今週は年度変わりの週、将に「人は送迎す」である、と、今度はネット上で良い記事に出会った。yomiuri on lineの3月29日付「編集手帳」である。「卒業式が続いた週が終わり、入社、入学式シーズンが始まる。一時代を築いた団塊の世代の最後の組が職場の第一線から退く。別れと出会いの季節は、世代交代を促し、社会の相貌をまたひとつ変えることになるだろう。」とある。そうかー、団塊の世代が第一線にいなくなるのか~。漢詩ではないが”愛憎なにごとぞ陰晴を惜しむ”だ。午後になっても未だ雪が舞っている。

たんぼの動脈

樋管の中
 きょうは農業用水の施設点検、お米を作るには水が不可欠。その水は河川から取り入れて用水を流れ、田圃に入る。その用水は、水田地帯に網の目のように張り巡らされているのでR。用水は、云ってみれば人間の動脈なのでR。その、用水も年月が経つと動脈硬化をおこして破裂したり、梗塞?を起こしたりするので、この時期、施設を点検して、事前に対策を講ずるのであ~る。写真の樋管は道路を横断しているものだが、継ぎ目が陥没していて修復工事が必要と診断される。お米は八十八の手間がかかると云うのだが、博客の皆さんにも、八十八の一つ一つを想像してもらいたい、と我が輩は思うのである。午後は地元の”バッジ先生”の後援会総会、じぃの出る幕でもないのだが「虫干し?」がてら出席した。久しぶりに、いろんな年代の人と旧交を温めることができて、我が輩の忘年交は満足したのでR。

保冷と春冷え

米保冷庫入り
 陽射しは戻ったみたいだが、春冷えがピッタシの一日であった。我が輩の自慢する「さわい農園・こだわり米」は21年産も高い評価を頂いて、残りが少なくなった。昨年の秋口に”無いソデをはたいて”漸く購入した「保冷庫」はついこの間まで、リンゴに利用していたのだがリンゴは無くなったし(有ったとしても)米の食味を落とさないようにと、きょう、近くに住むワイフの甥っ子にスケてもらって保冷庫に移したのでR。保冷庫に入れて「玄米保冷」でセットをするのだが気温が低くて、”冷”の機能は作動しないのでR。まさに「春冷え」、”百花繚乱”の日が訪れるのは、かなり先に?と、年寄りは”気を揉む”のであった。

鬩ぎあい

赤目かしわ
 タイトルは「せめぎあい」と読む。漢字はこんなに難しいのでR。ここのところ、春と冬がせめぎあいをしている。今日は2月に逆戻りの空で、朝はチラチラと雪が降り、日中は雪こそ止んだものの寒い北風。この分ではサクラも綻びようにも”ホコロビ”ようがなく、逆に縮こまるのではと思はざるをえない。”晴れて外”と云うわけにゆかないので、午前は行政の窓口に足を運んで用足し、午後はリンゴ仲間を訪ねて4月の作業予定を話合う。帰宅したのは4時近く、晴れ間が出て、生垣のレッドロビーの赤が目に止まった。和名は「赤目がしわ」、名の通り新芽は綺麗な朱色。寒さにメゲズ日一日と伸びているようだ。陽春が訪れて新葉が展開すると、鮮やかな赤で、垣は燃えるが如き景色になるのである。田舎の住まいに生垣がお似合い、いずれはこのブログで写真をお見せするかも。

彼岸が明けて

 きのうで彼岸は明けた、”終わった”とは云わないのでR。彼岸の中日は、春は春分、秋は秋分である。仏教の中で、重要な意味をもつ”彼岸会”がお中日にあることを思うと、二十四節気文化と仏教伝来とは、いつどのように関わりあったのだろうか、と、エセげな仏教徒の我が輩は考え込むのであった。
 さて、春分は今日までの5日間が初候で「雀はじめて巣くう」、次候は明日からの5日間「桜はじめて開く」となる。桜前線は、人間様がどう云おうと着実に北上する。気象庁は今年から「開花予想」をしないとかで、どの機関がピッタシ予想するか、と、カシマシイこの頃である。そこで、我が輩もキショウヨホウシ?となって、今日、我が家の庭に植えてある樹齢50年余のサクラを”つぶさ”に観察したのでR。結果は当るも八卦、当らぬもハッケ、我が家のサクラ開花は4月7日となったのであつた。博客のみなさま”この時期、我家来玩”乞ご期待。

暖かい雨

サクラ草の蕾
 午前中ドンヨリしていた空だが、午後には雨がふりだした。我が輩ケガをしてから、かれこれ1週間、気持ちも空も晴れない。シャバは年度末とやらで学校の卒業式の模様などが報ぜられている。我が輩にも「卒業」と云う字を冠した節目が多くあったが,小学校を国民学校と呼ばせて卒業した6年の卒業式は、今でも鮮やかに覚えている。第二次世界大戦末、昭和20年3月のことである。今では遠い、とお~い昔になった。懐旧の思いは書くのを止めよう。今日の雨は比較的暖かだ。傘をさして外に出てみると、「プリムラポリアンサ」の蕾が写真のように膨らんで、陽春スタンバイをしているのが見つかった。この草花は別名を「九輪桜」と云うのだが名の通り多くの蕾である。去年花が済んでから庭に移したもので、手入れが良かったので株が充実し、この冬を乗り越えてくれたのでR。多くの樹木や草花を愛でる勉強には卒業がないと我が輩は言いたいのである。

骨接ぎ・接木

 3月も下旬になったので、そろそろ接木(つぎき)を始めねばならない。今年は西洋梨、リンゴ、柿と予定しているのだが、斯く申す我が輩がケガをしたので、骨接ぎをする要ありや否や確認するため今日はアサイチで接骨院に出かけた。幸いその必要がないことが判明したのでホッでR。今しばらく充電して接木に好適の日が訪れるのを待とう。心に余裕がでるとネットの検索も入念になる。毎日jpから、「ひと:日野原重明さん、数え100歳を記念し米国で音楽劇」が目にとまった。今年数えで100歳になった。10年前から主宰している音楽劇「葉っぱのフレデイ」の公演を8月中旬にニューヨーク行う、と、書かれているではないか(感動しばし止まず)。我が輩「葉っぱのフレデイ」を知る由もないが、記事によれば、”かえでの木の葉のフレデイが四季の変化の中で成長する姿を描いた物語。冬に枯れ葉となったフレデイは、土に溶け込み新しい生命を育てる力となる。「命は循環する。そんな輪廻の思想がわかりやすい形でしめされているんです。子供たちに命の大切さを伝えたかった」”と、先生のお言葉、命を育てる仕事の”ハシクレ”人間として、思いを熱くしたのであった。因みに我が輩の母も今年数えて100歳である。

早春の樹園
 最後は我が輩の果樹園。ちょうど家の前にあるので、庭園の延長みたいな思いもするのでR。きょうは立山連峰の白銀が浮かんで見える。我が輩がオススメする、”田舎暮らし”の良さが些かなりとも理解して貰えれば幸いと云うものだ。

もくれんの蕾
 次は白モクレン、ここは家の西側に植えてある上に、風あたりが強いので、開花までまだ1週間は要するかも。モクレンの彼方に写っているのは我が輩の集落のシンボルツリー「榎」樹齢は100年を優に超える大木でR。

水仙の花
我が輩の家は、田圃の真ん中にある。昭和20年代の初めに田を転換して宅地にしたので、かなり贅沢に広さをもっていーる。日当たりも良いし、風通しも良いので植物が良く育つので、いろんな草木が植えてあって”ねんがらねんじゅう”と云ってよいくらい花がたのしめるのでR。きょうは未だ作業に復帰できないので、草花を写真に収めて博客にお見せし、”田舎暮らし”を”けなるがらせよう”。まずは水仙、きょうの気温はイマイチなので、遠慮げに開いているぞ。

二十四節気農事歌のこと

 雨の日は外の仕事をしない。我が輩、後期高齢者になってからは厳守だ。だとすると時間を持て余すことも。でも、博客を書くようになってからは、その心配は無用だ。きょうも何か書き残したように思っていたら二十四節気農事歌だった。先日も二十四節気歌のことを記したが、それとは別に「農事歌」が中国に伝わっている。春分には次のように書かれている。「春分風多雨水少、土地解凍起春潮、稲田平整早翻晒、冬麦返青把水澆」(漢字ばかり並べました。でも、昔の人はこのように書いて読んででいたのですぞ)一番最後の文字は”ぎょう”と読みます(じょうろやひしゃくで水を)ふりかける・まく、という意味です。この歌は二十四節気にそれぞれあって、この時期どんな農作業をするかを歌で唄っていたのです。いずれこの日記で二十四節気ごとに博客に紹介するであろうぞ。我が輩の漢字を多く使う病気もこれでは「膏肓(こうこう)に入った」と云うべきか。

春分に黄砂見舞う

 きょうは春分、未明の荒天が午後になってようやく治まり、小雨がふっている。今朝は黄砂でかなり視界が悪かった。富山地方気象台は、県内で今年初めて黄砂を観測したと発表。去年より5日遅れだとのこと。中国のはるかかなたで、強い風によって巻き上がり偏西風にのって日本に運ばれるのだが、偏西風と云う自然の営みに畏敬の念を強くするのでR。我が輩、二十四節気毎に、東京在住で無二の親友であるS澤君とメールを交換するのが、かれこれ3年ほど続いている。たいてい我が輩が朝メールで近況を伝えると、彼が返信するのが常なのに今日は午前中出かけるところがあって、メールが遅れてしまった。彼は、我が輩が健康を害したのではと心配して返信を促すのであった。持つべきは友である。♪ 友を選ばは書を読みて、六分の狂気・四分の熱♪であるぞよ(失礼!)

可憐・憐憫

イヌフグリの花
 彼岸入り3日目、昨日より今日は一段と暖かい。朝から日差しが強いので草花の開くのも早い。オオイヌフグリは9時前に満開だ。雑草などと侮る無かれ、こんなに可憐な花を今の若者はシゲシゲと見ることがあるのだろうか?。我が輩、最近よく口にするのが「雑学のススメ」、そこで今日も雑学である。「ふぐり」を漢字で書くと、”陰嚢”と書く。つまり、オオイヌフグリは大犬の○○○○と云う意味になる。可憐な花なのに決して上品とは云えない表現に、我が輩は憐憫の情を覚えるのでR。一昨日の上腕打撲が、まだコタエテいて、今日も休場。座右の銘「晴耕雨電脳」は今しばらく「電脳」だけのようだ。

西洋梨の蕾
 この蕾は西洋梨、こちらはリンゴより膨らみ方が早く、4月の半ばには開花する。脱包した芽は光を浴びて活き活きとしてみえるのでR。

リンゴの蕾
 彼岸入り2日目、朝から青空が広がる。きょうはK山さんと、Yまさ君が応援に来てくれてリンゴ園のネット張りである。我が輩は昨日の今日で、打撲した左手が使えない。左手を三角巾でつって作業の監督?である。午前中に作業の半分が済んだのとK山さんが都合があって帰ったので今日はそれまで。そこで、リンゴの蕾の膨らみ具合をカメラに収めて見た。写真のように、かなり膨らんできていて、先端が幾分ピンクに染まってみえる。この状態であれば、開花は4月の20日頃だろうか。園を覆う草むらの中に、イヌフグリが咲いていて、春の訪れを実感するのであった。

猿も木から落ちる

 我が輩は猿である。と、云ってもそれは農暦(旧暦)を用いた場合で、ガリレオ暦では酉だ。なんの話かだって。そもそも十二支は中国で作られたもので、太陰太陽暦のもとで愛用?されてきたものだから旧暦で生れ年のエトとするのが正道なのであーる。我が輩は農暦では12月生まれ、その年は申年であったのだ。そんなことはどうでも良いワイ。 今日は彼岸入り、午前中は比較的暖かだったので、リンゴ園の防風ネットを張り替える作業をするのに、三脚キャタツを立ててイザと取り組むや否や、三脚の脚がこけて、スッテンコロリン。木ではなくて1・5㍍の三脚の上から落ちたのであった。幸い左の腕上部を打撲しただけで済んだのだが、打撲した腕の筋肉痛がキツクて午後は関取ではないが休場と相成った次第。年寄りの高所?作業は、念には念を入れて安全確認をせねばならぬことを、イタイほど、思いしったのでR。云っておくが見舞いは不要でゴザルぞ。これこの通り右手は難を免れたのだから。

二十四節気歌

 きのう我が家訪ねてくれた中国の留学生、さすがに選ばれて来ているだけあって聡明だ。実は先日、雲南の朋友Lさんが、我が輩に宛てた手紙の中で「二十四節気歌」が書かれていて、その中の疑問に思っていたことを訊ねたところ、即答があって、学の深いのに驚いたのであった。疑問が解けてみると、二十四節気の見事な出来栄えに心底感心するのでR。博客にも楽しみを味わって貰うため、エキスの部分を紹介しよう。この歌の、最後の一唱節に”上半年来六、二十一、下半年是八、二十三。と、あるのだが、これは一年の上半分にある節気の日は、始めにあるのはその月の6日まで、後の方は21日までで、下半期にある節気の日は、始めにあるのはその月の8日まで、後の方は23日まで、となっている、と、教えてくれたのであった。今日になってカレンダーを捲って調べてみると、まさにその通り。二十四節気は農作業をするうえで、大事な暦。それだけでなく季節の移り変わりを花鳥風月で表現して教えてくれるのだから本当に嬉しい暦だ。年軽人も老年者も、自然とのかかわりを深くする生き様に目覚められよ(失礼!)

千客万来

歓迎・歓迎、張さん・趙さん

 今日は朝から千客万来であったが、概して日中友好関係の人達。一番後に訪ねてくださったのは県の交換留学で富山大学に1年間留学しているTさんとCさん。Yまさ君がサークル活動とかで知り合ったと聞いていたので、一度是非我が家にお招きしようと思っていたことが実現したのでした。年軽人(若い人)と話し合って元気をもらおうと、食事をともにしながら話すこと2時間余、いつもながら彼女らの向学心に感心するのであった。遅くなったので今日はここまで、晩安(ワンアン=おやすみなさい)

春の嵐

 今日は朝から南寄りの風が次第に強くなり、午後になって春の嵐となった。根雪を早く溶かしてくれるのが春の嵐。根雪が3月いっぱいはあった頃のことを思い起こしている。我が輩、きょうの午前は、吟友のSさん家の柿の剪定。3月も半ばになったので時期的にはギリギリ。前から約束していたので出かけたのでR。今冬の出張剪定はリンゴ・桃・柿の3品目、都合6戸になった。喜寿にもなった爺が”なんのこっちゃ”と云うなかれ。午後になっても雨が降らないので桃の蕾摘み。我が家の果樹園は家の直ぐ前にあるので、留守番をしながら作業ができる。であるから、宅急便がきても”ちゃんと”受け取れる。きょうは東京の老朋友Mさんから、鹿児島の「財宝スペシャルセット」が届いて肝を潰した。Mさんとは、若い頃勤め先の仕事の関係で知り合って以来の忘年交、40年近い交誼が続いているのだが、今では”肝胆あい照らす仲”だ。我が輩は、自分で汗して作ったお米、リンゴ、桃を贈るのだが、彼は今度のように、旅行先から美味しいものや、珍しいものを時々宅急便でプレゼントしてくれる。我が輩、「財宝」もさることながら、その心遣いがとても嬉しくて、泪が”チョチョンギレ”るのでR。

お披露目

 きょうは日曜日で大安、H川先生から7月1日にオープンが予定されているお店「agri ひばり」の着工お披露目にお招きいただいたので出かけた。いろんな方がお見えになっていて、先生の人柄が分かる。場所が越中八尾駅前、かつては文房具の店「ひばり」として多くの方に愛された店であったし、我が輩もよく足を運んだお店だったので、リニュアールされて趣向をこらしたお店に生まれ変わると聞くと嬉しくなる。設計をお引き受けになったのが東京都在住で八尾フアンの建築家”湊 泰樹”さん、拙宅にもお越しいただいていたので嬉しい再会である。驚いたことに、書き始めてまだ1週間足らずの我が輩のブログを見たと仰ったこと(嬉しいやら恥ずかしいやら)DR。H川先生ご夫妻が腕を奮ってお作りになったアッルパイやケーキを頂いたのだがとても美味しい。いずれ開店の暁には、自らも有機無農薬で作る野菜や果物で素敵な加工品を作ってお店に並べたいとのお話、オープンの日の賑わいを想像しながら、お披露目の席を辞したのである。

アオドラセナの花

アオドラセナの花

今日は朝から眩しい陽光、こんな日は我が輩も御機嫌である。その上、ダイニングルームで冬越しをしてきた「アオドラセナ」が花を咲かせてくれたので嬉しさ倍増だ。こうなると朝から日記、Yまさ君に習った画像取り組みの腕を磨くことも併せて(ピンボケの画像も愛嬌のひとつでR)。

 毎月第1~3の土曜日は詩吟教室がある。我が輩がこの道に入ってもう20年になるのだが、最近になってようやく自分の声が出せるようになったように思う。きょうは「宋代の詩人」戴益作「春を探る」を吟じてきた。 ♪尽日春を尋ねて 春を得ず、芒鞋踏遍す 隴頭の雲、帰り来たって適々梅花の下を過ぐれば、春は枝頭に在って己に十分♪。  早春の頃春景色をさがし、尋ね歩いたという詩であるが、真理を探究して後の悟りを述べたものだと教えられる。今日はとうとう一日細かい雨が降り続いて、春を尋ね歩くことはできなかったが、我が家の梅花は満開が近い。三寒四温には少し間があるようだ。

雲南省・碧寨郷天寧河谷、野生木綿樹・争芳斗艶

画像取り込みテスト

3月13日 予報どうり朝から雨、それでは、と、我が輩先日Yまさ君に教えてもらった手順でブログに画像を取り込む実験?だ。実験成功!、だとすると、この画像の説明が必要でR。この珍しい花は中国雲南省の老朋友から送られてきた写真の一こまで、「木綿樹」とのこと。自然に林立している写真もあって、彼の地の豊かな自然に驚いたのでR。朝の記事はここまで「下次見=シャーズーチェン・ではまた」。

3月11日
 夜になってフェーン現象になったようで、南よりの暖かい風が吹いている。きょうは朝から快晴、一昨日の雪で先に伸ばしていた桃の縮葉病対応の作業をする。3月に入って暖かい日が続くと、桃の蕾は急速に膨らんでくるので、その前にこの作業を終えねばならないのでR。夕方、東京に住むオーワ(次女のこと)が娘(つまり孫娘)と連れ立って半年ぶりにチョウハイ(里帰り)にきた。孫娘は一浪をしていたのだが、今年は念願が叶ったようで先ずは一安心である。その上、アンネ(長女のこと)の方からも息子(孫息子)が結婚の相手が決まったとの朗報を伝えてきたので、今日の晩酌はこのうえなく美味しいのでR。ついでに「博客=ボォグオ・博は行き渡って多いこと」のことも書こうっと。中国は、英語のカタカナ表現をしない。発音が似ているか、意味が当てはまる漢字表現をするのです。お分かりでしょう、博客はブログのことです。野良(野は良いのですよ)作業をして、風呂で汗を流し、久しぶりにオーワなどと、夕食をともにした後にブログを認めると、勢いが余るのでR。行き渡って多いお客さま、失礼を許されよ。


3月11日
 儚いことの代名詞、「春の淡雪」。未明の雪も日差しが戻ったら、アット云う間に消えてしまった。それは富山市でも平野部のこと。同じ富山市でも今朝の山田は、除雪車が出動したのだから寒いのなんの。「ささみね」に集ったクラスメートは例の”後期高齢者”、だから寒さがコタエタようで意気が上がらない。少年期の友達は忘れ難いものではあるが、喜寿ともなると愚痴めいた話題が多く、なんかイマイチ。我が輩の得意とする”年代を越えた知己”わけても若い世代と話をするるのとは雲泥の違いがある。それに比べて、今日夕刻から持たれた「○○地域の農業を語る会」の世話人会は青・壮・老が、それこそ年代を越えて話合ったので楽しい語らいになった。”腹ふくる”思いがしたので夕食が遅れたのが苦にならなかったのでR・

3月10日
 
今日は昨日と打って変わって、日中晴れ間が広がった。太陽の子である人間は”おひさま”の顔をみると、いっぺんに元気が出る。その上で良いことが起きれば心も軽くなって浮いた気分になるのでR。我が輩、その良いことが今日起きた?。何かって、では書き留めておこう。中国の春節にお祝いメールと近況を伝える画像を贈ったのに”ナシのつぶて”だった老朋友(親しい友達)から親書と組み写真が届いたのでR。この老朋友は、2002年に視察団の一員として来日し、我が家にホームスティした才媛の女性Lさん、当時28歳だったのだが、今では雲南省保山市の偉い人になって、多忙を極めていて、最近はメールも私の方から一方通行、親書はそのことを詫びていて、今も変わらぬ美貌とともに、嬉しい便りであった。我が輩の「忘年交」の最たるものでR。今日は午後、小学校のクラス会、場所は山田の「ささみね」。我が輩たちは”生めよ殖やせよ時代だから、クラスメートは多く、110余名もいたのだが、喜寿ともなれば♪若き日 はや夢と過ぎ わが友みな余を去りて♪となって、今日参加するのは20数名である。元気な仲間はきょう夜がふけるまで語りあうことに相違ないだろう。では、行ってくる。
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